若隠居と再びの北海道(3)
クレープを食べ終え、僕たちは再び攻略に戻った。
誰も何も言わないが、先ほどの二人組のことが気になっているようだ。僕だって気にならないわけではない。
「自分で買い取りに行けない理由って何だろうな」
幹彦がポツリと言うと、ガン助が恐る恐る声を潜めるようにして言う。
「もしかして、幽霊なんじゃ……」
それにじいが唸るようにして言う。
「向こうの世界の怪談で『ダンジョンに出る冒険者の幽霊』があったからの。根も葉もなければ、そういう怪談も生まれないだろうしのう」
ピーコがピクリと羽根を震わせて、忙しく辺りを見回し始めた。
「そうは言うが、さっきの二人は幽霊には見えんかったぞ」
チビは困惑したように言う。
「そうだよなあ。あれは確かに、肉体が存在する生物だったぞ」
「ああ。それに幽霊があんなによだれを垂らしたりお腹を鳴らしたりしねえだろ」
そんな幽霊は間抜けそうで、怖くもなんともないな。想像してそう思う。
「まあ、攻略を優先させるために、こもりっきりになっている人かもしれねえか」
幹彦のその言葉に皆一応納得したものの、どこか気になって、誰からともなく追いつこうとするかのように、先へと進むスピードを上げたのだった。
その甲斐あって、とうとう、行き止まりに突き当たった。脇道もないし、隠し通路もない。このダンジョンの最奥だ。
だが不思議なことに、ダンジョンコアすらもない。どういうことだろうか。
「おかしいな。どこかに隠してあるのかな」
皆で探し回りながら首を捻る。
「もう誰か外すか破壊するかしたんじゃ」
ピーコが言うが、即座にチビが否定する。
「それならここは、ダンジョンでなくなっていなくてはおかしい。でもこうして魔物がわいて来るところを見ると、このダンジョンはまだ生きていることになる」
先ほどから定期的に、魔物がわき出してはそれを狩り、消えている間にダンジョンコアなり隠し通路なりが無いか探す、ということを繰り返しているのだ。
「おかしなことはもうひとつあるよ。ここに来るまで一本道だったのに、さっきの二人組に会っていない」
皆の手が止まり、顔がやや強ばった。
「や、やっぱりお化けでやんすよ」
「ゾンビになりたてで腐ってなかったのかもしれんの」
「幽霊、ここにもいるの? 燃やしてもいい?」
「落ち着け、お前ら」
チビは浮き足立つピーコ、ガン助、じいを一喝し、軽く溜め息をつく。
「もし幽霊だったとしても、それならこれまでにも何度も倒してきただろうが」
それに幹彦が苦笑した。
「なんだろうな。レイスと言われれば平気なのに、幽霊と言われれば何か怨念とかを持っていそうで怖いような」
「大丈夫だって。そんなことを言えば、セバスとハンナだって幽霊だし」
僕は、エルゼでスカウトして来た我が家の庭師のことを言った。
留守番係として幽霊だった二人をスカウトし、その後二人は魔道人形に憑依する形で実体を得ているのだ。植物の世話は天下一品で、穏やかで頼もしい仲間だ。
「そう言えばそうだな。忘れてたぜ」
幹彦がポンと手を打つ。
「それもそうでやんすね」
「あの姿があまりにも自然で忘れておったの」
「なんだあ。大丈夫ね」
言って、幹彦やピーコたちは誤魔化すように笑い、僕とチビは苦笑を浮かべ、そばの壁に何の気なしに前足を突いた。
「ん?」
チビが怪訝そうな顔をする。
「魔素がこの岩の周囲からわいているのか」
魔素がそういうわき方をするものかどうかなんて知らないが、チビがおかしいと感じているなら、それは普通じゃないのだろう。
「どういうことだ?」
「わからん。わからんが……向こうに何かあるのか?」
チビが考えながら言い、全員が集まってきて、その辺りを調べ始めた。
その背後で、牛の魔物が再び湧き出す。
が、
「今、それどころじゃねえんだよ」
と、幹彦がぞんざいに刀を振って飛剣で首をあっさりと落としてしまった。
それはそれで何だか牛に恨まれそうで、ちょっと、牛の幽霊が出るんじゃないかと考えてしまった僕だった。




