若隠居と殺人蝶(1)
船は無事にエスカベル大陸の港に着き、乗船名簿で行きの名簿と突き合わせをしながらようやく手続きから解放されたのは、夕方になる頃だった。
そこで、人気の無いところに移動した僕たちは、日本の自宅に戻った。
いくら毎日でも家へ帰っていたとは言っても、気分が違う。
それに船が嵐に巻き込まれてからは、乗っている間に何かあれば困ると、なるべく船で過ごすようにしてもいたのだ。
大タコやボウフィッシュやウナギなどのお土産を幹彦の実家へ持って行って、顔を合わせた幹彦のお兄さんの雅彦さんと話をした。同じく剣道の師範仲間とチームを組んでいる探索者で、大抵、港区ダンジョンに潜っているのだ。
「そう言えば、港区ダンジョンに『アゲハ』っていうチームが来たんだけど、気をつけろよ」
ふとそう言う。
「何かヤバいのか?」
幹彦が訊くと、やや眉をひそめた。
「三人組なんだけど、よく、新メンバーが死ぬらしいんだよ。それも新人だけでなく、臨時で組んだベテランもな。だから、もしヘルプの声をかけられても、組まない方がいいぞ」
僕と幹彦は顔を見合わせた。
「何だよ、そいつら。協会は何も調べないのかよ」
幹彦が言うのに、雅彦さんは首を振った。
「調べるのにも、何せダンジョン内では機械類が使えないからな。聞き取り調査以外にはないし。
その上そいつらも、ここに来る前は大阪だったかな。その前は四国で、その前は愛知とか聞いたけど、とにかく一定期間で河岸を変えるらしくてな。尻尾を掴まれる前によそに移るらしい」
「それ、何かしてるって言ってるようなものですよね」
言うと、雅彦さんは頷き、
「だから、関わるんじゃないぞ」
と言った。
探索者は、自由業だ。家からの距離とかダンジョンにいる魔物によって、ホームグラウンドというのはできたりする。しかしそういうのを持たず、流れのようにダンジョンを渡り歩くという探索者もいないでもない。
外国には、日本以上にそういう探索者がいる。
そういう例からすれば、河岸を変えるというのはおかしくもない行為なのだろうが、そういう噂が付きまとう以上は、後ろ暗い事情があると見られても仕方が無いだろう。
「ありがとうございます。気をつけます」
僕も幹彦も殊勝に返事をして、チビたちも各々、頷いていた。
翌日、僕たちは港区ダンジョンへ来ていた。
「今日は牛肉と鴨肉がいっぱい獲れたな」
言えば、幹彦たちは、
「鴨鍋か。それとも燻製か」
「フライパンで焼いたのも捨てがたいぞ、ミキヒコ」
「腹が減ってきたでやんす」
「鴨南蛮もいいのう」
「どれも美味しそう。早く帰ろう」
と食欲に取り憑かれたようなことを言っているが、まあ、これが普通、元気な証拠だな。
「じゃあ、買い取りカウンターに行こうか」
そう言って歩き出そうとしたとき、ここに居ないはずのチームと目が合って足を止めた。
「クローバー?」
それは北海道ダンジョンのアイドルチーム、女子四人組のクローバーのメンバーだった。
以前会ったときは、彼女らのトラウマと思い込みから事実無根の噂を立てられて迷惑したのだが、誤解も解け、謝罪も慰謝料も受け取ったし、和解は済んでいる。
それでもチビは、どこか苦手そうに僕の足に体をくっつけるようにして座った。
「こんにちは!」
近付いてきながら朗らかに挨拶するのは、短剣二本を使うヨッシー。彼女らのリーダーで、明るくいつも元気だ。
「どうも」
そう言って少し気まずそうにするのは、剣を使うビビアン。ハーフの美少女ではあるが、人嫌いの気がある。
「お、お久しぶりです!」
相変わらず緊張しきりで、おろおろとするのが見て取れるのは杖を抱えるマミー。魔術師ではあるが、回復魔術や防御魔術だけで、攻撃魔術はできないそうだ。
「……」
無言で頭を下げてくるのは、大柄の女子で、大きな鎌を使うイズミ。とにかく無口で、あまり声を聞いたことがない。
「やあ、こんにちは」
「どうしたんですか。北海道から遠征ですか」
僕と幹彦はそう軽く挨拶をした。
お互いに和解したとは言え、気まずくないとは言えない。だが、大人のこちらの方が何も屈託なく振る舞うことで、気まずい空気は消えてくれるだろう。
「いやあ、友人の結婚式がこっちであったんですよ。それに出席するついでに、こっちのダンジョンも経験しておこうかなって」
ヨッシーが明るく笑って答える。
「へえ、そうなんだ」
「そう言えばお二人って、いくつでしたっけ。もうご結婚されているんですか」
何気なく言われて、僕も幹彦も、固まった笑顔を浮かべて黙りこむ。それで察したらしい。
「あわわわ。えっと、随分と北海道とは違っているみたいですね」
慌てながらマミーが話題の転換を図り、わざとらしいそれに、全員が救われ、乗った。
「やっぱり違いますよね」
「アンデッドダンジョンも行ってみたか? 話のタネに一度はお勧めしておくぜ」
幹彦が笑って言うが、恨まれても知らないからな。
そうして笑顔も浮かべて話し始めたのだが、不意に、ビビアンの目が見開かれ、凍り付いた。
「うそ……」
僕たちは全員でビビアンの視線の先を追った。そこにいたのは三人組の若い男性探索者で、大学生くらいの剣を持った男性探索者になにやら熱心に話しかけている所だった。




