若隠居とエルフ(7)
旧礼拝堂の地下牢に残っていた遺体は数体で、獣人のハーフのものと、人族のものもあった。人族に関しては冒険者の身元保証であるタグを所持しており、身元はわかった。
ハーフに関してはわからず、港町に運んで心当たりのある人に面通しをしてもらうことになるだろう。
生きて救出できたのはトレントで兵器にされていた三人で、多少の衰弱はあるが、これは自然と治っていくだろう。
懐古派は、最初はハーフを使って魔物を移植する実験をしていたが、その実験は失敗し、方向転換を余儀なくされた。
それで次に考えついたのが、ブラッディトレントの習性を利用したものだった。
しかしそれには、魔術を使える人族が必要だ。そこで懐古派は冒険者の中で魔術を使える者を探し、だますなどして拉致して、実験に使ったのだという。
「ケガのふりをしたりしてか」
チビがやや呆れたように言うのに、ガン助が嘆息して言う。
「時々ジダイゲキで出てくるあれでやんすね。『持病のしゃくが』」
それにピーコとじいもくいついた。
「ならず者に襲われたふりもある-」
「時代が変わっても国が変わっても、そういうところは変わらんの」
幹彦も僕も、全くだ、と頷いた。
「エルフ族としては責任を持って彼らを港町まで送り、関わったメンバーは厳重に罪に問うことになります」
リイライはそう言い、
「族長も、これからのエルフの進む方向性について、皆で考えようとおっしゃっています」
と続けた。
そして僕たちは、エルフの郷を出ることにした。
「いやあ、寄らないつもりだったのに。旅にアクシデントはつきものだよね」
お礼にと、エルフ自慢の百年物のアルコールと珍しい薬草を根ごともらったのでホクホクだ。非常に効能の高い霊薬といわれるような回復ポーションの材料なので、地下室で増やそう。
「でも、エルフって寿命が長いんだろ。二百年とかって。娯楽もそうなさそうなのに、よく村にこもっていられるぜ。退屈にならないのかな」
「それを嫌がって外に出たがるエルフは変わり者って呼ばれるらしいけど、エルフはそういう、変化を好まない姿勢が染みついてるのかなあ」
言いながら歩いていると、視界の隅で虹色の何かが動いた。
「幹彦!」
「おう、いたな!」
「早速、極上うさぎのバーベキューと行くか」
チビも張り切り、皆で先の茂みを見つめた。
ガサリと草が動き、透明な角と、七色に変化する丸い大きな体が見えた。レインボーラビットだ。
しかし今回は、結界を張る前に気付かれた。
にらみ合い、どちらも動けないでいたが、先に動いたのはレインボーラビットだった。いきなり新幹線並のスピードで飛んで来て、どうにか避けたものの、代わりにレインボーラビットがぶつかった木はへし折れた。
「あっぶねえ」
レインボーラビットは振り返り、足をタシタシとさせていたが、再び飛んで来た。
今度はチビが、うさぎの顔面を殴った。
「プギイ!」
空気の漏れるような声を上げて脳しんとうを起こしたところを、幹彦がすかさず刀で首に切り付ける。それでレインボーラビットはウサギとは思えない重い音を立てて地面に落下し、コロリと遅れて頭部が転がった。
「解体、解体!」
毛皮に傷を付けないためにも、ここは魔術での解体に限る。
重そうな内臓と肉、虹色の毛皮と透明な角とに分かれて目の前に現れる。いい加減見慣れたとは言え、不思議な光景だ。
「ようし、昼飯にしようぜ!」
すぐさま、毛皮と角はしまい、肉を切り分ける。その間にガン助はいい大きさの岩を出して積み、幹彦は焼き網と木炭をセットし、ピーコが木炭に火を付ける。慣れたものだ。
「む? 食いしん坊ドラゴンが来おったぞ」
チビが空を見て言うと、じいは、
「いつもいいところで来るの」
と笑う。
程なくして、少し離れた所に二体のドラゴンが舞い降り、トゥリスとナザイの姿になって近付いてきた。
「ただいま」
「砂漠のバラを採ってきたぞ。
しかしそれは何だ」
相変わらずだと、くすりと笑いがこぼれる。
「レインボーラビットのバーベキューだぜ」
そそくさとトゥリスとナザイも火の周りに座り、皆で円になる。
毛皮は光の当たり方で色を玉虫色に変えるが、肉は普通だ。しかし、味はかなりいいと聞く。
「タレも塩も好きな方で食べればいいからね」
言いながら、ふと思う。
「郷に二百年引きこもる生活よりは、こうしてグルメ漫遊生活がいいな」
「ああ。俺たちは隠居だからな」
「隠居と言えば、やっぱり諸国漫遊と相場は決まっておるからな」
幹彦とチビが言うと、ピーコとガン助とじいが、有名時代劇の主題曲を歌い出す。
「じーんせーいーらーくーあーりゃあ、くーもあーるーさー」
騒がしくも楽しい家族、満ち足りた毎日だ。




