若隠居とエルフ(6)
なるほど、そうか。この小さな突起を捕らえた動物の血管に刺して、エンドルフィンに似た物質でも注入するんだな。
僕はそんなことを考え、ブラッディトレントの生態の一部を解き明かしたと静かに興奮していた。
恐ろしい植物だ。これは絶滅させてもいいくらいの木だけど、これも生態系にとっては必要な木なんだろうなあ。じゃあ、勝手に絶滅を目指すのはまずいのか。
しかし、うかうかと時間をかけるわけにもいかない。ブラッディトレントの支配下に入り、クレストの兵器になるわけにはいかないからな。
僕はプツリという小さな刺激と、やや酩酊したような状態になってきたのを確認してから、魔術を発動させた。
まずは異常状態の回復、次に指先から風で細いカッターのようなものを出して首輪を切断、最後に首の後ろの小さな傷を回復。
ここまで十秒弱だ。
「さあ、こいつらをたたきのめせ!」
クレストが言って、首輪に小瓶を近づけた時には、足下に首輪が落下して転がっていた。
「壊し方もシステムも解析完了だよ!」
「だから、まず体験してみるっていうの、やめろって史緒」
「全く。危機感がたりないのではないのか」
幹彦とチビがぼやくように言い、クレストが、
「え? 何で? そんなばかな」
と呆然と立ち尽くす。
その間に次々と捕まっていた人の首輪を切って外して回るが、背後に立っていたオペレーター役のエルフは、幹彦とチビとピーコに威嚇されて、ただ突っ立っていただけだ。
それで首輪から解放された三人はぐったりとして眠りに入り、ガン助とじいの背中に突っ伏すような形になった。
「回復できるだろうけど、後遺症で、麻薬の依存症みたいなものが出ないといいけどな」
要するに、違法薬物、麻薬を注射されたようなものだ。これまでどのくらい注入されたのかはわからないからはっきりとは言えない。
「貴様ら! な、なんてことをしてくれたんだ! せっかくの実験体を!」
懐古派の一人が叫び、剣を振りかぶるのに、幹彦は、
「お前らが何してやがるんだよ」
と言い、刀を抜いた。
そこからは、乱闘だ。
「よいしょっと」
ガン助とじいに声をかけて部屋の隅に寄り、三人の回復を試みる。
ドッタンバッタンと背後がうるさいが、ガン助とじいも覗き込み、回復していく。
三人とも目を開き、一瞬僕たちを見て警戒したが、
「大丈夫ですよ。助けに来ました」
と言うと、警戒しながらも体を起こし、ガン助の甲羅とじいの殻にもたれかかりながら、背後で幹彦やチビ、ピーコ、エルフたちの乱闘を見て、理解したらしい。
「人ですよね。何があったか、覚えていますか」
訊くと、彼らは溜め息をつきながら言った。
「エスカベル大陸から、こっちにしかない薬草を採りに来て、迷子を探す依頼を受けることになって……そう、ケガをしている人を見かけて話しかけたあとから記憶がないな。
ああ、失敗した。あれって罠だったんだな」
「そっちは。まさか、俺たちの捜索依頼なんか出てないだろう」
「通りすがりの、冒険者をしている隠居ですよ。成り行きで、ね」
僕が肩をすくめた時、
「へっ!口ほどにもねえな!」
という幹彦の言葉と共に、背後のドタバタも終了した。




