若隠居とエルフ(4)
それはほかの建物から離れ、ポツンと建っていた。枯れた巨木のそばにある大きな木造の建物で、ツタに周囲を覆われ、外れかかった窓は板で打ち付けられている。
「昔、精霊樹が生きていた頃はこの礼拝所も使われていたんですが、精霊樹がこの通り枯れてからは、ここに近付く者は居なくなったんです」
その建物と巨木を見ている僕たちの視線に気付いて、エラリィが小声で教えてくれた。
「ここは精霊と友誼を結んで加護を得るための場所だったんですが、精霊がいなくなっては、無用の場所ですので」
「そこでこそこそと魔法のための実験をしているとは、皮肉な話ですね」
言うと、エラリィは苦笑し、厳しい視線を元礼拝所に向けた。
「じゃあ、作戦を──」
幹彦が言うのに被せるように、
「突撃!」
と言うやエラリィが飛び出していき、僕たちは呆気に取られてそれを見送ってから、慌てて彼女を追いかけた。
「まじで脳筋だな!」
幹彦は呆れつつも、にいっと笑う。
「内部の構造とか人数とか聞いてない!」
僕もぼやきつつ追いかける。
「フン。向かってくるやつが敵だろう」
チビがシンプルなことを言って歯を剥いて笑うと、
「敵なら倒せばいいでやんすね」
「捕まっている人は保護するんじゃな」
「がんばって燃やす!」
とガン助、じい、ピーコが言いながら追いかけるので、
「燃やすのはなしだよ。火事になるから」
と釘を刺しておく。何せ、木造だ。
入り口を入ると教会の礼拝所のような広間になっており、奥に学校の教室にある教卓のようなものが置いてあった。
そしてその台の横にある床下収納庫の扉のようなものを開けて、エラリィが中へと入っていくところだった。
地下へ下りる階段があるらしい。
エラリィに続いて下へ下りる。
地下は地面を掘ったもので、床と壁は土で、滑らかに固められていた。精霊魔法が使えた頃の礼拝所らしいので、魔法で作ったものなのだろうと、その滑らかさからも察せられる。
廊下が延び、その両側には格子窓のついた石のドアが三つならび、奥に半開きのドアがあった。
そこからは光と焦ったような声がいくつか聞こえていた。
飛び込もうとするエラリィを幹彦が無言で押さえ、黙るようにと小声で言う。
「ここがバレたんですよ! どこかに移さないと!」
「いや、良い機会だ。このまま族長の交代を迫って、計画をエルフの総意とすればいい」
「それは、クーデターということですか、クレスト様」
「族長たちは、長く生きて変化を恐れるようになっている。このままではエルフは緩やかに、衰退するだけだ。
お前たち。俺に付いてくると言ったことに、間違いは無いな」
「もちろんです、クレスト様!」
ドアの隙間からそれらを聞いていた僕たちは、そっと頭をひっこめた。
「クーデターの決起集会じゃねえか」
幹彦が眉をひそめる。
「それも大変だけど、捕まっている人は、この部屋の中ですか。ここまでの小部屋にはいなかったですが」
正確には、いた形跡はあったし、死体ならあった。
「そうです。私が見たのは三人でした」
「よし。じゃあ今度こそ作戦を──」
幹彦が言いきらないうちに中から声がした。
「誰だ!?」
「……立てようと思ったのによ……」
幹彦は嘆息し、ドアを蹴破るようにして中へ躍り込んだ。
余談ながら、手でドアを開けると武器を構える邪魔になるので、これが理にかなっているようだ。
「へっ!貴様らに名乗る名はねえ!」
「通りすがりの隠居の冒険者です」
僕と幹彦は各々言いながら中に入ると、さっと部屋の中を見回した。
こちらに向かって武器を構えているエルフは二十人ほど。全員若く見えるが、それは年齢を推察する手助けにならないことはわかっている。
そして、椅子にぼんやりと生気のない顔付きで座っている人族に見える人物が三人。彼らは首にお揃いの太い首輪をはめられ、簡素で薄汚れた衣服を身につけていた。
その三人の背後に、エルフが各々一人付いている。
「クレスト様! また戦争を始めるおつもりですか! しかも今度は、エルフ以外の全てが敵に回りかねませんよ!」
エラリィがそう言うと、真ん中で守られるようにして立っていた人物が、唇の片方を引き上げて笑った。
「かつてのエルフ族のプライドを無くした革新派も、現実を見ない族長たちも、黙って大人しく見ていればいい!
我々の開発したこの魔法兵器で大陸を統べるのをな!」
そう言ってそのクレストと呼ばれた男は余裕の笑みを浮かべ、僕たちは怪訝な表情を浮かべつつも、警戒感を強めた。




