若隠居のおつかい(6)
モリムから盾ができたと連絡があったのは、五日後のことだった。ドラゴン素材のほかにモリムの言うがままに高級素材を使っただけあって、注文を受けていたほかのものよりも早く、作ってくれたらしい。
受け取りに行くと、工房をあげて徹夜の末に作り上げたとかで、全員が目の下にクマを作り、ハイテンションだった。
それでもその出来は満足いくものらしく、ポポも決して安くはない料金に見合う出来だと興奮し、大喜びだった。
お互いに良い気分で別れ、僕たちは一路熊人族の村を目指した。
行きは心配そうな顔で余裕のなかったポポだが、帰りは上機嫌だ。
そんなポポをたまに出てくる魔物から守りつつ村へ帰ると、村は幸いにも、まだドラゴンの新たな襲撃に遭っていないようだった。
「ポポ、よくやった!」
「素材集めもやってくれて、ありがとうございました」
「襲撃に間に合ってよかったぜ。これで何とか攻撃を受け止めて、皆で殴りかかれば、どうにかなる!」
村の熊人族たちはそう言っているが、僕は内心首を傾げていた。
何とかなるもんかなあ。
道々ポポから聞いた話では、襲ってくるドラゴンは闇属性ということで、空中に黒い渦を発生させて、そこにこちらが射た矢や投げた石などを吸い込んでしまうらしい。
ブラックホールのようなものと考えればいいのだろうか。
あとは、爪による斬撃や尻尾や足によるなぎ倒しや踏み潰しらしい。
僕と幹彦とチビは、張り切って作戦会議をしている熊人たちを横目に小声で話した。
「爪や尻尾をどうにか防げても、退却させるのは難しいんじゃないのかな」
「だろうな。ちょっと無理だと俺も思うぜ。
チビからしたらどうだ」
「無理に決まっている。ドラゴンの大きさによっては、尻尾も防げるかどうか」
そうして、揃ってううむと唸り、もう少しこの村に留まることにした。
その時は、意外と早くやって来た。
僕たちが村に帰り着いた翌日、大きな強い気配が近付いて来ると幹彦とチビが言って警戒した──と思ったら、それが来た。真っ黒なドラゴンだ。
まだ若い個体と聞いていたが、赤竜より多少小さいかという程度で、爪の長さだけで一メートル近くありそうだ。首周りもしっかりと太い。
熊人たちは各々が武器を手にしてドラゴンを睨み付け、中でも一番体格のいい熊人二人が、片方が剣、片方が盾を構える。
ドラゴンはゆっくりとそんな熊人たちを余裕を持って見下ろしながら、村の外れにある囲いの中に鼻先を突っ込んで、何かを舐めている。
「ああ! またハチミツを! 巣ごと食うのはやめろ!」
一人が頭を抱えた。
「ワイルドだぜ」
「歯がいいんだなあ」
「ミキヒコ、フミオ、言ってる場合か。あれを舐め終わったら、こっちに来るぞ」
チビが冷静に言った。
「どうする。まずは熊人たちの様子をみるか」
「そうだな。頼まれもしないうちに手を出すのは、横取り行為と言われても仕方がないし」
そう言って、熊人たちを見守りながら、警戒だけはしておくことにした。
ドラゴンはバリバリと養蜂箱ごと噛んで、ぺろりと舌を出して口の周りをなめながら目をこちらに向けた。
「く、くそう! いつまでもやられている俺たちじゃねえぞ!」
「おう!」
熊人たちは大きな声で気合いを入れるように声を出す。
ドラゴンはそんな彼らを眺めて尾を軽く振った。
その尾は緩く振られているようにしか見えなかったが、先頭で構えられた盾に当たると、盾を構える熊人をそのまま数十メートル吹っ飛ばした。
流石の威力だ。
しかしそれはわかっていたことらしい。
「おお、首も折れていないぞ!」
「流石だな!」
「よし、今度はこっちの番だ!」
叫びながら、一斉にドラゴンにかかっていく。
ドラム缶のような槌が振り下ろされ、厚みのある剣を出される。だがどれもが、うろこに阻まれて傷一つ付けられない。
唯一村にあった剣だけがうろこに傷を付けたが、うろこ一枚が割れただけで、ドラゴンにダメージらしいダメージはなかったように見える。
「だめだ、くそっ!」
下がって見ていた子供の熊人がそう言う中、ドラゴンに攻撃を仕掛けている熊人たちは手を止めずに、殴り、斬り付け、どうにかして一矢報いてやろうとしていた。
が、ドラゴンもダメージは無くともうっとうしいのか、次は熊人を踏み潰してやろうとでも思っているのか、体をぶるんと揺するように振った。
それで熊人たちは、
「うわあ!」
と声を上げて振り払われ、周囲に転がった。
「お父ちゃん!?」
「きゃあ!」
悲鳴が上がる。
「さて。族長、いいですか」
「あのドラゴンに、俺たちが臨んでも」
族長は視線を忙しく動かし、言う。
「もう、討伐を依頼できるだけの資金がないぞ」
「いいですよ、その時はドラゴンをもらえれば」
言うと、幹彦は笑って頷く。
「ああ。十分だぜ」
それで族長は頭を下げた。
「よろしく頼みたい」
チビも大きくなってぶるりと体を振って言う。
「赤竜と食べ比べだな」
ピーコ、ガン助、じいも次々と大きくなる。
「楽しみ!」
「じゃあこれも、なるべくきれいに殺るでやんすね!」
「じゃあ、やるかの」
僕たちは食べる気満々で、前へ出た。




