若隠居のおつかい(5)
次は氷スズランのつぼみだ。
それが生えている山というのは、辺境にある精霊樹から数キロ先にある。なのでとりあえず精霊樹まで転移し、そこから飛んで山へ行く。
荒涼とした大地に、ポツンと山があるのは妙な景色だった。その山の中腹には雪が積もっているらしいのが見えるが、山頂は雲に覆われていて見えない。
えっちらおっちらと登山する時間も体力もないので、このまま飛んで行く。
着いた山頂は雪と厚い氷が広がり、生き物の姿は見えない。
しかしその凍り付いた池の周囲に、雪にほとんど埋もれるようにして、小さな花とつぼみを付ける植物があった。
「あれか」
ベル型の花はまさしくスズランで、そう植物に詳しくない僕や幹彦でもわかった。
それでも異世界の植物だけあって、地球のスズランとは似て非なるものだった。
花の根元を掘り出そうと雪をかき分け、茎に触ると、花がしぼんで首を垂れる。つぼみが破れると、中から流れ出た液体は葉の上に滴り、なぜか煙を上げて葉が凍り付いた。
「うわっ! これ、劇薬なんじゃないの? もしくは液体窒素」
指に触れそうだったので、慌てて手を引っ込める。この程度の少量の液体窒素なら直に肌の上に垂らしても凍傷にならないが、反射的なものだ。
「どうやって採取すればいいんだ?」
幹彦は唸り、花をじっと見た。
「雪ごと大きく掘り返して収納してしまうとかかな。たぶん、振動とかに弱いのかも」
「うむ。こちらの大陸には、向こうの大陸とはまた違ったものがあるな」
チビも興味深そうに言って、ふんふんとにおいを嗅ぐように花のそばで鼻をうごめかした。
「じゃあ、やるか。そうっと、な」
幹彦と僕でやってみたが、気分は不発弾処理だ。繊細にもほどがある。
それでも息を止めるようにして、花を何株か採取した。
「史緒。これ、地下室に移植したい」
「精霊王に言えば、喜んで極寒エリアを用意してくれるよ」
「ふむ。ミキヒコの鍛冶に役に立ちそうだな」
チビもそう言い、それで僕たちは、一気にドワーフの町まで転移で戻った。
ああ。帰りは楽でいいな。
「もう帰ってきたのか!?」
案の定モリムとポポが目を丸くした。
「まあな。
それより、そっちはどうなった」
集めてきた素材を出しながら幹彦が訊くと、ポポが頷く。
「ついさっき、戻ってきたところだよ」
モリムが集まった素材をじっくりと眺め、満足そうに頷いた。
「ああ、これでいけるぞ。質も分量も十分だ」
ポポはホッとしたように息をつき、モリムはもうほかの全てに興味を失ったかのように、素材を持って、いそいそと作業場に行く。
「できあがったら知らせる」
それだけは辛うじて言い残し、モリムは作業場に入り、ドアをしっかりと閉めた。
「じゃあ、宿にでも入るか」
ポポはようやく疲れを感じだしたのか、肩をもみながら欠伸をかみ殺す。
「そうだな。そうするか」
幹彦が言うのに僕たちも賛成し、連れだってポポが取った宿に行って、僕たちも一室取った。
この町はサウナが多いらしいが、サウナはチビたちが好まないので、日本の我が家の地下室温泉まで転移で入りに行き、風呂上がりに各々牛乳や生ビールを飲んでから部屋に戻った。
「はあ、やっぱり風呂はいい。しかも、風呂上がりは牛乳だな」
チビがごろごろと寝そべりながら言うと、ピーコは
「わたしはイチゴ牛乳!」
と言う。
「おいらはフルーツ牛乳がいいでやんすね」
「わしは、コーヒー牛乳かの。でも、アイスもいいの」
ガン助とじいも言い、アイスは、バニラ、抹茶、チョコレート、イチゴ、ヘーゼルナッツなど、どれがいいか真剣に話し合い始める。
楽しそうなので放っておこう。
幹彦はウキウキとしながら、
「何がいいか。ナイフか、剣か。ああ、史緒のなぎなたの刃をそろそろ替えようぜ」
などと言っている。
ドラゴンのうろこは砂場で集めたものを数枚渡してあるので、ドラゴンそのものは僕たちでもらうことになっていた。それに、氷スズランも確保している。
「ああ、楽しみだぜ」
「そうだね。僕も、ドラゴン料理が楽しみだよ」
僕たちは、締まり無く笑い合った。




