若隠居のおつかい(4)
砂漠の真ん中で、ドラゴンは体をくねらせ、尾で砂を巻き上げて自分の体にかけ、時々何かうめき声ともつかないような声を上げていた。
「あれって、風呂に入ってつい『あぁ』とか言ってしまう感じのやつか」
声を潜めながら幹彦が言う。
僕たちは近くの砂山の影に隠れながら、砂浴びをするドラゴンを見ていた。
ドラゴンの魔術はヒトの魔術とは全く別物らしく、各々一つの属性の魔術に特化するらしい。
このドラゴンは赤竜の成体のようで、全身赤いうろこで覆われていた。調べておいた資料によると、火属性の攻撃をし、火属性の攻撃は無効化するという。
「最大出力の氷を僕とチビで叩きつけたらいけるかな」
言うと、幹彦はもうその気になって刀に左手をかけて立ち上がろうとする。
「いや。ドラゴンはそもそも魔術全般に耐性がある。効き目は落ちるぞ」
チビは獲物を狙う目をして答えた。
「もう。別のドラゴンなら丸焼きにしてやったのに」
ピーコが悔しそうに言うのを、ガン助とじいが、
「次は氷属性のドラゴンを狩るでやんす。その時は援護するでやんすよ」
「そうじゃ。睡眠ガスで眠らせるという手も行けるかもしれんの」
と慰めているのだが、うちの子たちは随分とドラゴンを殺りたがっている。
まあ、大国の王でも食べられないまま死んでいく人が多いというレア食材だ。かなり美味しいと文献に残っているだけで、以前から僕たちは、どうにかしてドラゴンを食べたいと言っていたのだ。
名声とか満足感とか素材とかそういうもののためではなく、食欲のためというのが僕たちらしい。
そんな事を考えていると、ドラゴンが砂の上で体をスッと起こした。
「おっ、終わったのか」
砂山の影で僕たちは緊張した。
砂浴びの最中に近付くと、砂浴びに巻き込まれて、同じドラゴンですらもケガをしたり、幼いドラゴンだと死ぬこともあるほど危険らしく、僕たちは砂浴びが終わるのを待っていたのだ。
砂の中に、剥がれ落ちたうろこがキラキラと光っているのが見えた。
これを素材にすれば防具や武器の性能が上がるので、もの凄い高額で売れる。
でもとりあえずはそれよりも、ドラゴンを食べてみたい。
「腕とかテールとか、肉質がしっかりしてそうだな。腹側は柔らかいのかな。顔は、アラ煮とかできるのかな」
「うむ。なるべく可食部は残したいな。どう攻めるか」
「ドラゴンと言っても、肺呼吸だろ。史緒がまず酸欠で失神させればいいんじゃねえか」
幹彦が声を潜めながら言うのを、意外だな、と思いながら訊き返す。
「幹彦が先に攻めてみたいのかと思ったけど」
「二回目はそうしたいぜ」
幹彦も、まずは食い気か。
作戦会議をしていると、ドラゴンは僕たちの気配に気付いたのか、こちらにギョロリとした目を向けて鳴いた。
「グギャアアア!」
それが戦い開始の合図となった。
ドラゴンを結界で囲み、酸素を抜き、それを維持する。でも、ドラゴンは大きく、力も抵抗する魔力も桁外れに大きく、楽ではなかった。
だがドラゴンは結界を破ろうと炎を吐き、それでますます酸素が減り、それがプラスに働いた。
「へへっ、悪いな! 美味しくいただいてやるぜ!」
ドラゴンが意識を完全に失ったので結界を解くと、幹彦がドラゴンの首まで飛んで、首に斬りつける。
その痛みにドラゴンは意識を取り戻しかけたが、反対側からチビが首を爪で切り裂く。
それで首は、骨と気管と食道を残して切れた。
「いかん! ドラゴンの治癒機能が働いて傷が塞がってしまうぞ!」
チビが言うのと同時にドラゴンが怒って尾を振り回し、幹彦とチビはドラゴンのそばから飛びすさった。
「そうはさせるか!」
塞がろうとする傷に向け、カプセル型の魔術を撃つ。外を単なる魔素で覆った二段式の魔力弾で、着弾すると中に入り込み、そこで中に仕掛けていた本命の術式が解放される。魔力防御のある敵に有効な攻撃だ。
今回は中に風を仕掛けた。弾けたらそこで竜巻のようなものができるはずで、それで骨や気管、食道を切断できるはずだ。
「グギャアア!?ギャアアアア!!」
ドラゴンは苦しげにのけぞり、やがてその首がぼとりと落ちた。そしてそれに遅れて、その向こうにあった砂山が切れて崩れた。
「ああ……威力の調整が難しいなあ。やっぱり仕込むのは、爆発とか冷凍とか燃焼とかがいいかな」
僕は少し反省したが、皆で新鮮なドラゴンを取り囲み、歓声を上げた。
「ばんざーい!」
「夢のドラゴンステーキだぜー!」
「僕はローストドラゴンが食べたーい!」
「ドラゴンシチューがいいのう!」
「ドラゴンの唐揚げ食いたいでやんすー!」
「ドラゴンしゃぶしゃぶー!」
ひとしきり騒いで、はっと我に返った。
「忘れるところだった。うろこを取りに来たんだった」
「あ……」
僕たちはたった今の狂乱を隠すように、真面目な顔付きで咳払いをして、その巨大なドラゴンの死体と周囲に散らばったうろこを集めて空間収納庫や収納バッグに詰め込み始めたのだった。




