若隠居の人族はつらいよ(6)
インビジブルで近付いて荷台の中を改めていた幹彦が、かおり芋やにおいのきつい香辛料やアルコールの箱を払いのけて、その下にある大きな平べったい木の箱の蓋を開け放った。
そこには犬人の子供が三人、縛られた姿で眠らされていた。
「あ!」
派手な音で振り返った彼らが殺気立つが、幹彦はインビジブルを解いて不敵に笑う。
「ここに子供がいるじゃねえか。言い訳できねえよな」
僕は素早く子供たちの状態を視る。
「大丈夫。眠らされているだけだよ」
「よし。じゃあこいつらをふんじばるだけだな」
それでカバンから飛び出したピーコが飛び立って背後で待機するほかの皆に知らせに行く。前方からは、岩を吐き終わったガン助が戻ってる。
「ケガは嘘か。くそっ」
シロワが、これまで見せたことのない邪悪な顔付きで吐き捨てる。ムジカとエスは各々剣とナイフを構えた。
背後から走ってくる足音が近付いて来るのと同時に、顔を歪めたシロワが山道から外れて森の中に逃げようとするが、
「はい、逃がしませんよ」
と言いながら、足を凍り付かせてその場に縫い付ける。
「魔術さえあれば勝てるとか言われるのは心外なので、あなたたちは物理でお相手します。相棒が」
「おう!」
幹彦が好戦的に笑い、かかってこいと挑発するように手招きをした。
案の定頭に血を上らせたエスが先に
「この野郎!」
と想像通りのセリフと共にかかってくる。
が、想像通りに、あっさりと幹彦にナイフを弾かれ、サラディードの峰で殴られ、その場に伸びる。
それに目を向けていた僕にムジカがかかってくるが、この程度ならどうということはない。なぎなたで膝の上を切り、腕を叩いて剣を取り落とさせると、チビがのしっと押さえてしまう。
そこでオズたちと犬人がそばまで来て、犬人は箱に飛びついた。
「ブラン! ユウナ!」
「リコ! 大丈夫なのか、リコ!」
オズたちはムジカとエスとシロワを縛り、それで僕はシロワの足を凍らせる氷を解いた。
作戦は成功した。
僕が馬車を止まらせ、インビジブルで近付いていた幹彦が、隠されるようにして馬車に乗っている子供の位置を気配から探り、わかったら荷台から花を一輪落として合図をする。
それでガン助が岩を吐き、シロワたちが驚いている隙に子供を救出し、ピーコを隠れているほかの皆に合図として飛ばす。
それでオズたちが駆けつけてくる、という作戦だった。
「お子さんたちは、眠らされているだけのようです。目立った外傷は見当たりませんし、大丈夫でしょう」
言ったが、子供を抱く犬人たちはそれでも心配に違いない。
僕たちは町まで、馬車に罪人を乗せて早々に引き返すことにした。
「いい人の振りをして、とんだ悪党だったな」
憎々しげに片方の犬人が言うと、もう一人は、
「まだ信じられない……」
と複雑な顔をする。
オズたちは、どこか晴れ晴れとした顔付きだ。
「この先で仲間にこの子たちを引き渡す手はずになっていたんだろう。全部吐いてもらうぜ」
ラムダが睨んで凄んで見せる。
「それもだが、あれはどうする」
ルウイが道の先の積み重なった岩を見ながら言い、僕と幹彦は
「あ」
と間抜けな声を上げた。
岩を砕いて道の端によけ、馬車を追いかけて一緒に町へ戻った。
町では当然のように大騒ぎだ。「まさかあの人がこんなことをするなんて」「こんなことをするようには見えなかった」というのは、世界が違っても共通らしい。
シロワの取引相手の奴隷商人は港には入らないらしい。なんでも、干潮の時だけ下りる事ができる磯があり、そこで拉致した獣人を受け渡すことになっているそうだ。
それを聞きだした犬人たちはすぐに港町に走ってそれを知らせた。
それから、犯人扱いした僕たちに不承不承謝りはしたが、本心からと思える犬人は少なかった。まだ、真犯人への驚きや、人族やハーフに頭を下げることへの忌避感があるのだろう。
それでもオズたちの溜飲は下がったようだ。
「ありがとうよ」
彼らは晴れやかな笑みを浮かべ、シロワの護送任務を請け負って港の方へと犬人族の代表と一緒に歩いて行った。
「さ、行こうか」
僕たちも出発だ。
次なる美味な食材を目指して。




