若隠居の人族はつらいよ(5)
牢を出て、僕たちは行商のシロワ一行を追いかけることにした。証人代わりに行方不明の子供の親も一緒だ。
獣人の彼らは、ハーフと言えども走るのも速いし、持久力もある。それはもう、ただ一人僕だけがついて行けないくらいに。なので僕だけチビの背中に乗って、皆で追いかけて行った。
道々、シロワ一行がどんな人たちなのか聞いた。
ナイル・シロワというその商人は、穏やかな犬人らしい。確かに門のところで少し話をしただけだが、人でもハーフでも、普通に話しかけてきた。港町に店を構えているが、そこは店員に任せて本人は各集落を回っており、なかなか港町に行けない人や、生ものなどを売り買いしたいという人にありがたがられているそうだ。
護衛についているのはムジカとエスという元冒険者で、どちらも犬人らしい。ムジカは明るく頭の良い好青年で、この町で過ごしていた間もできのいい好青年として人気だったらしい。エスも明るくて女子に人気だったらしく、二人で冒険者をしており、数年前からシロワの護衛となったそうだ。
「町の噂ではそうなんだけど、冒険者の間では少し違ってな。ムジカは頭はいいが、計算高いとか言われてたし、ギャンブルにはまってた。エスはナイフ集めが趣味で、借金とかもあったとか聞いたしな」
オズがそう言うと、ナナとシルも補足する。
「ハーフは奴隷扱いで、稼ぎをかっさらうことも当然のようにするしね」
「ハーフの女は除外だけど、犬人の女は、もてるのをいいことにとっかえひっかえだしねえ」
声が低くて、何か怖い。
「え、まさか。ムジカもエスもいい子だぞ」
犬人は戸惑ったような声を上げるが、オズたちは鼻を鳴らすだけだ。
「酷いやつらだな」
「故郷の町では良い子ちゃんか。嫌なやつらだね」
僕と幹彦が言うと、
「ああ。あいつらは、信用ならねえよ」
と、ラムダは怒ったように言った。
話しながら一本道を走っていると、ようやく前方に馬車が見えた。
「見えたぜ」
幹彦が言って、スピードを緩める。
「ほ、本当に、うちの子があそこに?」
信じられないのと信じたいのとの間で揺れるように呟く犬人を見る。親としては心配だろう。同情する。
「言ったように、ただ問い詰めて中を見せろと言っても無理でしょうから、作戦通りに。いいですね」
そう念を押すと、こくこくと小さく何度も頷いた。
「よし。化けの皮を引っ剥がしてやろうぜ」
幹彦がニヤリと笑った。
走る馬車に追いついた僕とチビは、御者台のシロワに笑いかけた。
「ああ、追いつけてよかった」
シロワは目を見張り、それから笑った。
「やあ。お連れ様はどうしたのです?」
「実は連れが少し手前でケガをしまして。薬草の在庫があれば分けていただきたいんです。
いやあ、持ってはいたんですが、魔物に襲われたときに燃えてしまって」
困ったように言うと、眉をひそめ、誠実そうな顔付きをして言った。
「それは災難でしたね。待ってください。今止まりますので」
言いながらスピードを落とし、ゆっくりと馬車を止めた。
それで僕はチビから下りて、馬車に近付いて行く。
馬車からはシロワも下り、万が一に備えてかムジカとエスも下りて来て僕を監視できる位置に立つ。
「ケガの具合は酷いのですか。熱は出ていませんか」
「今のところは。でも、今後出るかもしれませんね。じゃあ、解熱作用のある薬草ももらっておこうかな」
言いながら、シロワがごそごそと薬草を入れてあるらしい箱の中を探る斜め後ろに立つ。
エスが、馬鹿にしたように冷笑した。
「ハッ。襲われるって、気配も感じられないとは人族は呑気だな」
それにムジカが、
「エス、無茶言うなよ。どうせ向こうの大陸には弱い魔物しかいないんだろう」
と嗤う。
「ま、そうだな。
あんた、弱そうだもんな」
カチンときたが、笑顔笑顔。
「何の魔物にやられたんだよ。どうせ大したやつじゃないんだろ」
それで僕は考えた。この辺にいないものを答えては怪しまれる。それで、一番最近この近くで狩ったものの名前を言う。
「コカトリスでした」
その途端、彼らは三人とも真顔で黙って僕を見た。
しかしその空気のおかげで、作戦は支障なく進んでいる。
前方で大きな岩がゴロゴロと落ちて来て、地響きを立てながら道を塞ぐように積み上がっていく。
「うわ、何だ!?」
「どこから岩が!?」
彼らは呆然としながら、馬車の前へと自然と出て行って様子を見ようとした。
この時を待っていた!




