若隠居の人族はつらいよ(2)
冒険者のテントからやや離れたところにテントを張り、それとなく彼らを見る。
犬人に見える青年と同じく犬人に見える若い女性。どうも兄妹らしく、お兄ちゃん、シル、と呼び合っており、妹の方は明るいが、兄の方はこちらを警戒している。竜人なのか蜥蜴人か何かなのか頬や腕にうろこがある青年は、無口で淡々としている。同じく体にうろこがあるが先の彼よりも細身の青年は、仲間には明るく振る舞っているが、それ以外に対しての警戒は一番強い。人族に見える女性はにこにことこちらにも笑いかけてくるが、近付いては来ず、ただ、
「井戸も使わせてはもらえませんから、この先の川ででも汲むしかないですよ。あと、食料品の補充もできませんから、その辺で狩るしかないです」
などと、シルと呼ばれていた女性と一緒に、一応は親切に教えてくれた。
男性陣はそれを渋い顔をして聞きながら、警戒を続けているようだった。
彼らに共通しているのは、ハーフであることを示す特徴的な目だった。
「あの、香りのいい小芋が名物だと聞いて、食べてみたかったんです。どこにあるか知っていますか」
そう訊いてみた。
「ああ、名物料理だものね」
「そこの丘にあるわよ。木の根元に植わっていて、匂いで探すの。犬人はそういうの得意だから。
でもねえ」
シルはそこで肩を竦める。
「採らせてはもらえないわよ、丘のは。犬人族の町で独占してるから。魔素が多くて日当たりが良くて水分が多い、キノウの木の根元にしか生えないの」
どうやら、トリュフとか松茸の親類みたいなものらしいな。
「明日、探すぞ。匂いは任せておけ」
チビが憤然と言うと、
「あの木と同じ木を探せばいいんでしょ。探すー」
とピーコも張り切って羽をばたつかせた。
やる気だ。
「おう! 期待してるから、がんばろうぜ!」
幹彦が発破をかけると、チビもピーコも鼻息を荒くしてふんぞり返る。
「そうと決まれば、ご飯を食べてさっさと寝よう」
火にかけていた鍋の蓋を取る。ベーコンと野菜のトマトスープで、一緒に入れたペンネもゆであがっている頃だ。隣では串に刺した肉を焼いているがこちらも焼けてきた。
「どんな味でやんすかね」
ガン助が肉を見つめながら言うのに、幹彦が事もなげに答える。
「ああ、ガン助とじいは食ったことがなかったか。
足と尻尾はトカゲで体はトリだからな。あっさりして美味いぜ」
それに反応したのは、シルたちのチームの皆だった。
「それって、まさか」
「コ、コカトリスとか言うんじゃねえよな」
震えるように、シルの兄と細身のうろこのある青年が言う。
「そうだけど?」
幹彦が言い、僕ははたと気付いた。
「ああ、場所が知りたいんですよね。この道沿いに四十分ほど行った辺りでしたよ。いやあ、木の間から飛び出して来ましたよ」
そう教えたのだが、違った。
「そういうことを訊きたいんじゃねえよ!」
「こんな凶暴なもの、どうやってあっさりと倒して、しかも当たり前のように食おうとしているのかって訊いてんだよ!」
彼らに一斉に怒鳴るように言われ、目をぱちくりさせる。難しいな。
しかも、彼らの目は肉から離れない。
それで、カチカチのパンの実と干し肉を湯に入れたスープの予定だった彼らを食事に誘ったのだが、それがきっかけで色々と話すようになった。
彼らのリーダーは、犬人の兄で、オズ。剣を使うらしい。妹のシルは斥候で、ナイフ遣い。二人の母親は犬人で父親は人らしいが、父親は二人が小さい頃に出て行ったらしい。母親はこの町の近くで小芋掘りの仕事をしていたが、母親が病気になった時に誰も診てくれず、母親はそのまま死んだそうだ。特にオズは、人も犬人も等しく嫌っているようだ。
竜人の青年はルウイ。父親が竜人で母親が熊人らしい。港町で育ち、両親は健在だそうだ。
細身の青年はラムダ。父親が蛇人、母親が兎人だそうで、慣れると陽気で明るかった。こちらも両親は健在らしい。
もう一人はナナ。父親が犬人で母親が人。港町近くに居を構えて商売をしていたが、奴隷と間違われて捕まりかけ、抵抗して両親はどちらも殺されたそうだ。
そうして、冒険者になってチームを組むようになったらしい。
僕たちは、旅の隠居で、依頼を終えて戻りながらグルメと観光を楽しんでいるところだと言った。
「まあ、腕はいいようだが、特に嫌人派には気をつけろ。人ってだけで、嫌がらせは普通だからな」
そういうオズに、僕たちは苦笑する。
「こっちに来た最初の宿泊地は、牢屋だったんだよな」
「そう。奴隷商人と決めつけられてね。
まあ、入牢もいい経験だったね」
そう言うと、彼らは
「図太い」
と一言言って呆れた。
そしてその夜はお開きとなったのだが、翌日、彼らの懸念通りの出来事が発生するのだった。




