若隠居のダンジョン探訪(4)
ダンジョンを出て竜人族の集落まで戻り、その外れで人を遠ざけた上で結界を利用した陰圧室を作って、そこで死体の結界を解いた。
ウサギの耳、鋭い爪の生えた両手、短い尻尾。それらは兎人族と熊人族の特徴を示していた。身長は一メートル五十センチ。鼻と目の血管が切れ、出血している。
そこまでは見ていたので、確認程度でしかない。
胸にできた腫瘍のようなものは、握りこぶしより一回りは大きいだろう。ちょうど胸の中央付近にある。それが内側から爆ぜて、大きな傷口を見せていた。
後頭部の突起物も、こういう形状の頭を見たことがない。強いて言えば、映画のエイリアンだろうか。こちらは触ると、固い。
一通りの道具はマイセットにあるとは言え、流石に頭蓋骨を開ける器具はない。幹彦の作った解体用ナイフでどうにかするしかないが、まあ、やってみよう。
僕は遺体に向かって手を合わせ、静かに道具に手を伸ばした。
陰圧室を消すと、幹彦やチビたち、竜人族の幹部連中が待っていた。
「どうだった、史緒」
幹彦が心配そうに訊くのに、溜め息を押し殺しながら答える。
「まず、寄生じゃなかったから、その心配はないよ」
それに安堵する皆に、言葉を続ける。
「胸の腫瘍状のものと頭の後頭部に張りだした部分から、異物が出てきたよ」
言いながら盆を差し出す。胸と頭部から摘出したものを載せており、皆、それを覗き込み、竜人族の一人が怪訝そうな声を上げた。
「ヒネズミか? 何でこんなものが?」
チビは合点がいったように頷いた。
「それでか。獣人なら精霊術を使うから、精霊がいない今は、誰も使えないはずだ。なのにこいつは魔術的なものを使った。このヒネズミのせいか」
ヒネズミはその名の通り、火の魔術を使うのだ。
幹彦がここで口を挟んだ。
「ちょっといいか。今更だけど、魔術と精霊術ってどう違うんだ?」
チビがそれに答える。
「うむ。魔術は、取り込んだ魔素に魔術式を書き加えて使うもので、ヒトや魔物、ドラゴンがこのタイプだな。
獣人の使う精霊術というのは、契約している精霊にその魔素を渡して、それを精霊が魔術にして放つという形を取る」
「エルフとドワーフも精霊術だな」
竜人がそう付け加えた。
どうも、魔素に術式を書き加えるための器官のようなものが、獣人やエルフやドワーフには備わっていないということらしい。
だから昔は、獣人やエルフやドワーフなどは、一定の年齢になると精霊と契約を結んでパートナーとなる儀式を行っていたそうだ。それでその契約精霊の種類によって、各々一種類の精霊魔術を使うようになっていたらしい。
「それで、どうしてヒネズミがそんな所に入っていたのだ」
竜人がそう訊き、僕はその嫌な事実を告げる。
「人為的にそこに入れていたみたいだ。心臓と脳にこれがつながれていた。頭に入っていた方は死んでから時間が経っていたけど、胸の方は、あの獣人の胸が破裂したときに死んだみたいだな」
「まさか、魔術を使えるように手術したのか?」
幹彦が言うのに頷いて、言う。
「実験だろうな。幸か不幸か、ポーションなんてものがあるからな。死なないように切って、そこにヒネズミを置いてポーションをかけたら、どのくらいの確率かはわからないけどヒネズミを接合させることができるんだろう。
当然、本人にできたとは思えない。あの獣人は被検体だろうな」
「あ、フードのやつらがいたな。もしかしたらあいつらが実験をしたやつらで、逃げ出したか暴走しだしたかしたあの獣人を抑えようとしていたんじゃねえか」
幹彦が固い声で言うのに、竜人たちは溜め息とも唸り声ともつかない声を上げる。
「無茶苦茶だ」
「本人も納得したのか?」
「いや、ハーフだろ。金で釣られたか、売られたか、さらわれたか……」
しばし、全員が黙った。
その重苦しい沈黙を破って、誰かの呟きがやけに響いた。
「そんなことをするのは、エルフのやつらだろう」
エルフには会ったことはない。ないが……。
「そんなヤバいやつらなのか、エルフって」
幹彦が恐る恐る訊くのに、皆一様に勢い込んで答えた。
「いけ好かねえ奴らだ」
「昔は魔法が得意でそれでデカい面をしてやがったけど、今じゃ俺らと一緒で精霊がいないから精霊魔法も使えん」
「それなのに相変わらず他の種族のやつらを見下してやがるから、余計に腹が立つ」
「自分たちこそ、体力も少ない郷に引きこもりの種族じゃねえか」
かなり鬱憤が溜まっているようだ。僕も幹彦も相づちを打ちつつ、エルフに会うのは恐ろしくなってきた。
「なんと言っても、あいつらは研究のためとか自分たちのために、ほかの種族に犠牲を出すのも平気なところがある。こういうことも、正直やりかねん。
反対にほかの種族だと、ここまでして魔法を使えるようになろうと人体実験するなんてこと、考えそうにもないし、できそうにもない」
チビがぽつりと、
「エルフは性格はともかく頭はいいということか」
と言い、竜人たちは一様に肩を落とした。
めっ。僕はチビにシイッと指を唇の前で立てておいた。
「と、とにかく。エルフのした可能性は高い。ほかの郷や港町に、この件を知らせておかないとな」
竜人族の長はそう締めくくり、それで報告会は終わった。




