若隠居の旅は道連れ(5)
人型に戻ったトゥリスにひれ伏す勢いの竜人だったが、トゥリスは興味なさそうにしており、
「皆、たまに花が咲くから見つけたら食べるけど、それだけ。それに下賜するために残したんじゃなく、単に食べ残しただけ」
とあっさりと言い、
「あ、思い出した。お母さんに呼ばれてたんだった。
フミオ、ミキヒコ、チビ、ピーコ、ガン助、じい。居場所はわかるから。また来る」
とドラゴンに変じ、飛んで行った。
「……自由だなあ、トゥリス」
呆然としながら言うと、幹彦も苦笑した。
「何て言うか、つかみ所が無いなあ」
チビは、
「ドラゴンは気まぐれで、個人主義だからな」
としみじみとして言う。
まあ、とりあえずは砂漠のバラを食べ散らかしたことについてのおとがめはなくなったのは喜ばしい。
竜人族は嫌人派らしいが、どうにかお茶をごちそうしてもらえるくらいには客人扱いである。じいは竜人の酒に浸かり、ガン助とピーコは竜人族の育てているサボテンの肉厚の葉をもらってかじり、チビは燻製肉をもらって食べると、丸くなっている。
僕と幹彦は、「ドラゴン様を連れてきた」ということで、大騒ぎの祭りのようになった集落で、幹部連中と、硬い燻製肉とアルコールで一応は歓待されていた。
彼ら竜人はドラゴンを神の如くあがめているからこその待遇だ。
てっきり竜人というのだから、ドラゴンなのかと思っていたが、少し違うらしい。
ドラゴンは成人すると単独行動が基本になるらしく、その上子供ができにくい超少子化種族らしい。寿命が三百年ほどあるらしいが、その人生で子供を産む数は多くとも三頭。未だ、謎に包まれた生物だ。
そんなドラゴンは人化するが、たまにその姿で多種族と生殖行為を行う事がある。ほとんどは受精することは叶わないが、似た遺伝子を持つ蜥蜴人では上手く受精して生まれることもあり、そういう子が竜人族の始まりになったそうだ。
始まりがハーフでも、差別されないどころか、他種族と比べてもヒエラルキーはむしろ上だ。それは、ドラゴンがその圧倒的な力から、全ての獣人たちから恐れや敬いの対象となっているせいだろう。
「ドラゴンは魔力が多いから、ドラゴンが滞在した場所は魔力が残って豊富になる。だから、それに惹かれて精霊が集まり、土地が豊かになる。
そんなドラゴンが食べに来る花だから、大事にしていたのだ」
恨めしそうな目を向けながら竜人たちが言うのに、苦笑を返す。
「ははは。すみません」
「ん? しかし、精霊は絶滅しただろう。なら、それは無駄──もがっ」
チビの口を塞ぐが、遅かった。
竜人たちは眉をひそめ、酒の入ったカップを握りつぶしそうに握りしめた。
「いずれ復活するとも!」
「そうだ。そうなれば我々獣人も魔法が使えるようになるから、人族との戦争だって、負けはせん」
「くそっ。神獣が全部代替わりして揃えば精霊だって復活するんだ」
恨めしそうにブツブツと言い出した。
いや、休戦協定が破られるのなら、彼らには悪いが、神獣が揃わないことを願いたい。
「へ、へえ。神獣が揃わない理由って何なんでしょうねえ。
ところで、種族によっては砂漠のバラの扱いが違うようですね」
それに、彼らの目つきはますます鋭くなった。軽い話題のつもりが、逆効果だったか?
「あいつらはわかっておらん!」
「竜様の偉大さ!」
「竜様から下賜され……たとえ食い残しだとしてもだ! その貴重さ、素晴らしさを!」
「は、はあ」
幹彦と一緒に中途半端に相づちを打って、こそこそと言い合う。
「あれだ。ここは砂漠のど真ん中で、環境がより厳しいからかな」
「そうそう。それに、ドラゴン様の眷属を自称してる種族だからな」
「自称って言ってやるな、ミキヒコ。泣くぞ」
聞こえなくて良かった。
彼ら竜人たちは他種族の弱さやドラゴンの素晴らしさを酔ったように語っては飲み、飲んでは語る。
そろそろお暇しようかと思い始めた頃、一人が思いついたように言った。
「そうだ。お前らも冒険者なんだろう。だったらそこのダンジョンにはもう行ったのか」
「この辺にダンジョンがあるのか」
幹彦が興味を示すと、彼は機嫌良く答えた。
「もちろんだ。竜人族は成人になるとそこに入らなければならない。炎をまとったサソリや毒をもつクモもいるぞ。
どうだ。入ってみるか」
幹彦はニヤリと笑った。
「いいね。いい素材が取れそうだぜ」
こうして僕たちは、ダンジョンにチャレンジする事になったのだった。




