若隠居の迷宮大作戦(1)
温泉から下を覗けば、色々な種類の薬草や野菜、果物、樹などが植えられているのが見え、その間を見るからに仲の良さそうな夫婦や子供たちが植物の世話をしているのが見える。
どこの大農園かと思うような光景だが、驚いたことに我が家の地下室だ。
仲の良い夫婦も子供も、よく見ればヒトではない事がわかる。魔導人形だ。
夫婦に見えるのはセバスとハンナという異世界人の恋人で、死んだ後も幽霊となって留まっていたのを留守番としてスカウトし、魔導人形の体を得て第二の人生を歩むことになった。だが、僕たちが故郷へ帰っているという設定の間、地下室で畑の責任者として腕を振るってもらっている。
オリジナルは精霊王専用となっており、子供たちの指揮をとっている。
その子供たちは精霊たちの魔導人形で、精霊王の魔導人形を羨ましがって作れと言われたので作ったら、順番に入って畑の手伝いをしてくれるようになった。
精霊樹があるおかげで魔素が豊富で、精霊王と精霊たちが張り切り、拡張に次ぐ拡張をして地下室がこうなった。
それに収穫できる薬草や野菜、果物も量が多いだけでなく品質が良い。突然できた温泉も贅沢でもちろんいいが、隣の泉では精霊水が湧いているので、作業にも水やりにも何かと重宝している。
というわけで、妖精たちの張り切りすぎに対して文句を言えない雰囲気が更に精霊たちを増長させているのが現実である。
まあ、いいか。住民税とか固定資産税とかがかかるわけではないしな。
無理矢理自分を納得させ、朝の農作業後の風呂から上がることにした。
収穫された薬草や野菜や果物が種類別に分けられてかごに詰められ、並んでいる。これを収納バッグに入れ、精霊樹の枝を利用した転送倉庫を作ってある港区ダンジョン協会支部に毎朝出荷している。そこから薬草は製薬会社へ、作物は協会の売店へと運ばれる。集荷責任者はセバスとハンナで、電話で受け取り確認をする。
「品質といい収穫量といい、大したもんだな。まあ量はこれくらいでもういいんだけどなあ」
「ああ。限度ってもんがあるからなあ」
薬草と作物を協会に売ってはいるが、今はエルゼで売れない事もあり、余剰分が多い。
まさか、多すぎるから作るなとも言いにくい。下手に言えば、余った情熱を土木工事に集中させてもっと恐ろしい地下室にしかねない。放牧とか。
「肉が成るんならいいのにな」
チビが言うが、それは恐ろしい光景になりそうだ。
「お裾分けも、しすぎは迷惑になるしな。せいぜい食べよう」
言えば、チビと幹彦が、
「肉ぅ」
と眉を下げた。
やっと尾行が無くなってのびのびとできるところなのだが、今日はダンジョン庁の神谷さんに報告書を提出することになっている。
不定期とはいえ、報告書を出すことが僕たちの行動の黙認と身の安全との交換条件だ。
獣人という地球ではお目にかかれない存在に、エスカベル大陸にはなかった薬草。現物を添えて提出すると、神谷さんも驚きをもって報告書を読んでいた。
「なるほど。ヒトと動物がどうやって混ざるのかわかりませんが、そういうものなんでしょう」
それに僕たちは頷いた。
「科学的に検証するのは難しいですね。まあ、遺体でも見つけたら持ち帰ってDNA解析を行うという手はありますが、獣人も人と同じような社会通念を持って生活し、死を弔う風習があります。ちょっと、倫理的にどうかと」
神谷さんは小さく嘆息しながらも頷いた。
「まあ、気にはなりますが、それよりも有用な薬草や鉱物類の方が大切です。不審がられて問題にならないようにしてください」
神谷さんはそう締めくくり、報告書をカバンにしまい込むと帰って行った。
「さて。僕たちはどうしようか」
幹彦とチビは、
「肉の仕入れ!」
と嬉しそうに声をそろえた。野菜ばかりの食卓になるのを阻止しようとしているのか。子供か、まったく。
「ダンジョン? お肉?」
ピーコはバサバサと羽を羽ばたかせてやる気を見せ、ガン助は、
「あっしもがんばるでやんす!」
と腕を突き上げ、
「わしも、新しい幻影を試してみるかの。テレビはアイデアの宝庫じゃな。
あ、例の合体技を試してみんかの」
とじいも楽しそうだ。
「じゃあ、いつものダンジョンに行くか。肉を持ち帰るから、ミンチにしないように」
言うと、全員で
「はあい」
といい返事を返した。




