若隠居の旅の始まりと追跡者(5)
緩やかな山は緑が豊かで、天気もよく、いいハイキングとなった。
背後の「それ」を別にすれば。
「帰ったと思ったのに、何で付いてくるんだろう。いっそ訊いたらだめかな」
そう小声で言えば、幹彦も小声で返す。
「あれでもこっそりとバレないように付いてきてるつもりなんだぜ。憲兵隊長なんだから、プライドをへし折らない方がいいんじゃねえか」
するとチビはやはり小声で、
「現実を知るのも大切だが、逆恨みされてもな」
と言って、揃って嘆息した。
猛ダッシュで帰ったと思ったアンリが、こっそりと付いてきているのだ。
一応疑いは晴れたと思ったのだが、まだだったのだろうか。
「ま、考えていても仕方がないか。普通にしていればそのうちわかるだろう。
まあ、転移とかが面倒だから早めにわかってもらいたいけどな」
言いながら、夕食にと薪で直火焼きしているトリのあぶり焼きの様子を見た。
「ああ、いい焼き具合だよ」
言って、皿の上に置く。
「お、美味そうだな」
チビがいそいそと寄ってくると、ピーコやガン助、じいも皿のそばに並ぶ。
と、ぐうう、という大きなお腹の音がした。
ここにいる誰かのものなら別にいいのだが、その音の方角と距離からすれば、それはアンリのものとしか思えなかった。
僕たちは微妙な顔を見合わせた。
「声、かけた方が親切とは限らないよな」
「やめとけ、史緒」
「でも、昼ご飯も食べてないよ、あの様子じゃ」
突き刺さるような視線をもの凄く感じるので、食べにくい。
「何で携帯食とか用意してこなかったんだろうな、あの小娘。自業自得以外の何物でも無いぞ」
チビの言うとおりだ。
それでも、良い匂いのする炙り焼きに茂みからグウグウと音が鳴り、視線はますます強くなる。
ああ、くそ。これは自分のためだ。
「あ! あんな所にトリが! これを狙ってるな! 石を投げてやる、えい!」
石を投げながら、本命の魔術で少し離れた所にいたトリを落とす。
「逃げたかな。まあいいや」
言うと、ガサガサと茂みが揺れてアンリが離れて行く。
無事にトリを拾ったらしく、しばらくすると少し向こうで、火打ち石の音がし始めた。
「やれやれ」
幹彦が苦笑し、それで僕たちは安心して食事を始めた。
そんな風にアンリの追跡付きで兎人族の村から歩き出して六日経った。
テントの中からなら転移してもバレないだろうと転移もするし、アンリは収納バッグのことを知っているので、それは元から隠さずに使っている。
そしてこうして、携帯食料が尽きたらしいアンリに気も使っているのだ。
でもそろそろ帰ってもらった方が、アンリのためでもあるだろう。
「次の村に着いたら、その後は知らん顔して振り切ろう」
「そうだな」
そう相談して、眠りについた。
その翌日。今日はここで野宿しようと、野宿しやすいように整地された野営地でテントを張った。
少し離れた所に小さな洞窟らしきところがあるので、アンリも見張りながら隠れて野宿もしやすいだろう。
「今日は何だ」
「パエリアと魚の塩煮とサラダにしよう」
「じゃあ俺はサラダのレタスをちぎるかな」
僕と幹彦が料理に取りかかると、ピーコが飛んで戻ってきて、
「アンリ、魚を焼いてたよ」
と報告する。
来る途中で川に下り、チビが大きくなって北海道のクマの如く魚を岸に弾き飛ばして捕ったのだが、何匹かをアンリに拾わせたのだ。
どこか皆ほっとして、料理に取りかかった。
しばらくすると、三人組の冒険者が野営地に入ってきた。
「こんばんは」
にこやかにそう挨拶してくるのは、狐人の男と、クマのような体格でイヌの耳をしたハーフの男と、頬にヘビのうろこのあるハーフの男だった。
「こんばんは」
幹彦が応えて僕も軽く頭を下げると、彼らは、
「向こうで野営しますね。すみませんが、火を貸していただけませんか」
と言った。
どうぞと言うと、持っていた薪をこちらの火に突っ込んで火を付け、戻っていった。
「ライターもなく魔術もないと、面倒そうだなあ」
「そうだな。俺たちは楽でいいな」
言いながらできあがった食事を摂り、何となく彼らを見ていた。
すると彼らは、洞窟の方へと歩いて行ってアンリに話しかけたようだ。そしてアンリの拾っていた魚と彼らの持っていたパンを交換し、離れて行った。
「ふうん」
火のはぜる音がパチンと響いた。




