若隠居の旅の始まりと追跡者(4)
兎人族の村が近付いてきた。
兎人族は農業と狩りをして暮らしている種族らしく、山裾に村を構えていた。
ミリたちが捕まったのは近くを流れるスン川の支流のそばらしく、それを考えれば、拉致するためにスン川に沿っていくらか内陸部にまで入り込んでいるらしいことになる。
もしくは、獣人側にも協力者がいる可能性も否定できない。
しかしそれは、獣人族の憲兵らが調べて対策すべきことである。
「あ、お母さん!」
ミリが馬車の外を目をこらして見ていたが、そう言って身を乗り出した。
「危ないぞ」
幹彦が慌てて落ちないように支えてやるが、隣ではアケも同じように身を乗り出すので慌てて僕も手を伸ばし、シンまでそうするのでチビが襟首をかんだ。
しっかりしているようでも、まだ子供で、心細かったのだろう。当然だな。
停留所なのか道ばたに小さな小屋があり、その前に高さ二メートルほどの三角錐の棒が立っていた。
そこにウサギの耳をはやした人が八人、そわそわとした様子で立っている。
「しばらく休憩します」
御者が言いながら馬車を止めるのを待ちかねるように、ミリたちが飛び降りていってウサギ耳の人たちへと飛びついていく。
その時に見たジャンプ力は、流石はウサギのDNAと共通するんだな、と思うほどの強さだった。
家族らしく、泣きながら抱き合い、ケガがない事を確認している。熊人の女性はそれを目を細めてにこにこしながら眺め、フードで顔の見えない乗客はそれを見ながら席を立つ。
僕たちも馬車を降りて行った。御者は草トカゲに果物や水をやり始め、草トカゲは果物をかじりながら、僕たちを見た。
「ありがとうね」
言うと、キュルン、と鳴いて返事をしたように聞こえた。
ミリたちに近付くと、親たちらしい彼らは、揃って頭を下げた。
「詳しいことは手紙で知らされました。行方がわからなくなって心配していたのですが、奴隷狩りに遭っていたなんて……」
「船の中から助けていただけたのは、奇跡みたいなものです。ありがとうございました」
「いえいえ。無事に家に帰れてよかったですよ」
幹彦がそつなく答え、僕は頷いてニコニコしておく。
「何のお礼をすればいいのか」
それに、いやいやと笑って幹彦が応える。
「幽霊船退治として報酬も得ましたし、ここに来るのは色んな話を教えてもらうのが報酬でしたので、それももういただいています。お気遣いなく」
「そんな。子供の話なんて大したものでもないでしょうに」
申し訳なさそうな顔で言うのに、
「いえいえ。乗りかかった船という言葉もありますから。楽しい道中でしたよ」
と幹彦は爽やかに笑った。
それで手を振ってミリたちは村の中へ入っていき、馬車も
「次は熊人の村で、到着は夕方の予定です」
という御者の声で出発していった。
「さて。俺たちも行くか」
「そうだな」
応え、斜め後ろを見た。
そこには深くフードを被ったマントの乗客が立っていた。
視線の主はこの人らしい。
「何か御用ですか」
幹彦が言い、チビとピーコとガン助が威嚇する姿勢をとる。
その先でその人物は、フードを後ろへはねた。
「あ。憲兵隊長」
猫耳がピクピクと動き、口元はへの字に結ばれる。そこに不機嫌そうに立っているのは、憲兵隊長のアンリだった。
「この村に用があるってわけじゃなさそうですよね」
幹彦が言うのに、アンリは渋々という感じで口を開いた。
「お前たちが本当に送っていくのか、どこかでやっぱりエスカベル大陸行きの船に乗せるんじゃないかって思って」
「それで、疑いは晴れたのかな」
言うと、こちらをキッと睨み付ける。
「これに関してはな! でも、それでお前らを全面的に信用したわけじゃないし、ましてや人族全部を信用するわけじゃないからな! 覚えてろよ!」
「はいはい」
幹彦は苦笑を浮かべ、アンリはプイと横を向き、
「じゃあな! 余計な騒動を起こすんじゃ無いぞ!」
と言うや、港町の方へ向かって素晴らしい早さで走って行った。
「騒動なあ」
「別に、起こそうと思って起こしたことはないぞ。なあ、幹彦」
「その通りだぜ」
それで僕たちも、アンリが走って行ったのと反対方向へ歩き出した。
「ああ。これでいつも通りだな」
「あんまり変なところは見せられねえんで、緊張しやしたもんね」
「ごはん、ごっはん!」
「ブイヤベースが食いたいの」
「私は焼き肉がいい。タレのやつだぞ」
「この先に肉の美味いトリがいるらしいぜ」
僕たちの、ラドライエ大陸の旅がスタートした。




