若隠居の旅の始まりと追跡者(1)
食料品などを買い足して歩いたが、港町には多くの人が行き交い、僕たち人であっても、ミリたち獣人であっても、応対に差は感じられなかった。どちらにもやや警戒、という感じだろうか。
行き交う人を見てみると、まず純粋な獣人は、一目でわかるような動物と同じような耳や尻尾がついていたり、皮膚にうろこや毛が生えていたりするらしい。ミリたちならばウサギの耳だ。
僕たちと同じように見える人もいるが、それは人族かハーフの可能性があるという。
ハーフの場合、耳などが付いていることもあれば付いていないこともあるそうなのだ。
そこで、前にも「ハーフ」というのを聞いていたが、その点について再確認しておく。
シンによると、獣人のほとんどは同じ種族で結婚するらしい。しかし中には別の種族や人族と結婚し、子供を作る者がいて、そうして生まれた子は「半端者」「ハーフ」と呼ばれ、村八分にされるのが普通らしい。
そういう「ハーフ」が集まっているのがこの港町で、ここには、獣人と人族とハーフが混在しているのだという。
そんなこの港町の責任者をしている猫族は中立派らしく、あのアンリはどうも跳ねっ返りであるだけでなく嫌人派なようだ。
この町の外には魔物以外にも嫌人派もいるので危険度が増し、人族の商人たちが来るのもこの港町まで。
こちらでしか手に入らない薬草や魔物の部位を狙って人族の冒険者も来るが、数は少ないようだ。
そして獣人に冒険者はいるが、ラドライエ大陸を出ることは評議会が禁止しているらしく、そのためにエスカベル大陸で獣人を見かけることがなかったらしい。
「ハーフは、両親の特徴をどう受け継ぐかはわからないから、見た目ではわからないことも多いんだって。だけど絶対に、目が変だって聞いたよ」
シンが声を潜めながら説明をするのを聞いていた時、注文していた料理が届いた。
「はい、お待ちどう。兎肉の煮込みとハンバーグ、鶏肉の唐揚げとソテー」
恐ろしいことに、ミリもアケもシンもウサギが好物だった。聞いたときは、
「ウサギ、食べるんだ……」
と愕然とした僕たちだった。
「ありがとう」
言って何気なくウエイトレスを見た僕は、シンの言ったことがわかった。彼女の目に虹彩はなかったのだ。
地球でも、虹彩を持たずに生まれてくる子は少ないながらもいる。十万人に一人という難病、無虹彩症だ。これは遺伝疾患が原因の病気であり、その八割が先天性となる。
虹彩は目に入る光の量を調整する場所なので、これがない、あるいは周辺だけ残っている無虹彩症の人は、眩しさを訴えたり、眼振があったり、角膜混濁や、黄斑低形成で視力不良になったりする。突発的になる散発性と言われる二割の人の場合は、その遺伝子の近くにある遺伝子も影響を受けることがあり、腎腫瘍、泌尿生殖発育不良、精神発育遅延などの合併症のリスクがある。
それらは個々に、コンタクトレンズを使用したり手術をしたりという対処法を取っている。
そういうことを反射的に頭に思い浮かべたが、ウエイトレスの状態は、健康となっている。
これは地球で知られるものと同じに見えても別物で、こちらの無虹彩は、病気でもなんでもないということと思われる。
ならばそれでどうやって虹彩の役割をどこが果たしているのか疑問だが、そこについては今のところは不明だ。それを調べられるだけの医療設備もこちらには無いと思われる。
そう考えて辺りを見れば、虹彩のない人がたくさんいた。冒険者の中にもいることを考えれば、やはり、無虹彩で不便、不利益はないのだろう。
僕はテーブルに視線を戻した。
ミリ、アケ、シンは嬉しそうに兎肉の煮込みとハンバーグに食いつき、幹彦はそれを目を細めて見ていた。チビの皿には少量でいいピーコとガン助とじいも首を突っ込んでおり、僕と幹彦も、手を合わせ、カトラリーを手に取った。




