若隠居の大陸横断は牢からスタート(1)
大陸に足を踏み入れたその日の宿が牢屋で、初めての食事が囚人用の食事だとは。
「いやあ、驚いたね。まあ、これも珍しい体験だ。なかなか牢に入るなんてないよね」
僕はややヤケクソながらもそう言って、狭くて暗い鉄格子のはまったその牢内を見回した。
窓は高いところにあり、ガラスもはまっていないただの穴だ。そこに鉄格子がはまっているだけで、暑さ寒さも雨も防いではくれなさそうだ。床や壁などは固い石で、廊下側は一面が鉄格子になっている。天井にもどこにも灯りというものはなく、廊下に所々ろうそく受けのようなものがあるので、灯りはそれだけらしい。最後にトイレは、牢内に腰の高さの壁で遮られた一角があり、そこに穴があるので覗いてみると、三メートルほど下にやっぱりスライムがいた。
「幹彦!スライムだぞ!」
幹彦も同じように覗き込み、興奮したように言う。
「やっぱりスライムトイレは普通のことなんだな」
「うん。それからやっぱり、僕は無理かな」
「俺も無理」
言い合い、頷き合って、トイレは転移して済ませることに決まった。
ベッドや布団はと探せば、壁際に折りたたまれた毛布があったが、いつ洗濯し、いつ干したのかわからないくらい、じめっとしていた。
「ドラマの刑務所って、これに比べれば天国だなあ。
あ。ここは拘置所に当たるのかな。拘置所と刑務所ではまた違うのかな、この国も」
考えていると、チビが呆れたようにこちらを見て言う。
「呑気だな。まあ、いつでも跳べるからな」
それに僕も幹彦も苦笑した。
「それもあるけど、調べればわかるだろうからなあ。無実だって」
「そうだな。ミリたちもそう言ってるんだし、俺たちがその時はこの大陸にすらいなかったことは明らかなんだから」
楽観的に言って虫除け剤を焚きながら、つい先ほどのことを思い返した。
僕たちが詰め所に行くと、そこにいたのは全員が獣人の憲兵だった。明らかにわかるのは、ネコ、イヌの獣人だろうか。
席順からして一番上に見えるのは猫耳の若い女性で、こちらが口を開く前に険しい顔で立ち上がり、
「貴様ら、獣人の子供を連れ回してどういうつもりだ! 奴隷商人だな!」
と叫んでこちらを指さして叫ぶと、そこにいた全ての憲兵がこちらを睨みながら立ち上がり、驚きに固まって声も出ないミリたち三人を僕たちから引き剥がすようにして離した。
「いえ、私たちは──」
説明しようとしたが、聞く耳を持つ者はいなかった。
「黙れ! 卑怯で薄汚い人間が!」
「調べが付くまで牢へ放り込んでおけ!」
ミリたちが慌てて説明を始めたが、それすらも「言わされている」「だまされている」と決めつけ、聞く者はいなかった。酷いというだけでは物足りない。これが地球なら、大炎上ではすまないだろう。
しかし今言っても無理だろうし、ちょっと調べればわかることだと、地下にある牢に入ったのである。
そもそも冷静になれば、奴隷商人が拉致した子を連れて憲兵の詰め所に行くわけがない。
チビたちも最初は引き離されそうになったのだが、怖がって離れないというふりをしたら、根負けして一緒に牢に入る許可が出たのだ。
ミリたちは泣きながら、
「必ず無実の証明をするから!」
「待ってて!」
と言っていた。
しばらくしたら夕食を持って来られたのだが、固いパンに薄いシチューとみかんのような実とコップ一杯の水だった。
「これがこっちの普通なのか、それとも被疑者に対する扱いなのか、または人間に対する扱いなのか、知りたいところだな」
チビは固いパンでもものともせずに食いちぎっているし、ピーコは鋭いくちばしでついばんでいるし、ガン助も意外と食いちぎる力は強いらしいし、じいはシチューのみだ。しかし僕と幹彦には、この釘を打てそうなパンは固すぎる。シチューでふやかして食べるくらいしか、食べられそうな気がしない。
まあ、獣人だ。歯がとても丈夫で、この程度は平気、またはこの程度が好みなのかも知れない。
しかしチビは、
「食いちぎれるのと、美味いのとは別だ。何か口直しに出してくれ」
と要求してきた。
「その土地を知るにはその土地の物を食べるに限るんだけど、これはちょっとなあ」
僕も幹彦も苦笑し、僕の空間収納庫からマンゴーの実とアップルパイを出した。
荷物は取り上げられているので、幹彦の収納バッグは手元にはないし、サラディードですらここにはない。
僕の空間収納庫は、訊かれなかったので言わなかった。
食後は廊下の灯りも持って行かれたので真っ暗になり、それならと順番に怪談を話してから、日本に入浴しに帰り、寝袋を出して寝た。
これがラドライエ大陸横断の旅の初日の夜のことである。




