若隠居の優雅な船旅(7)
獣人の子供たちの名前を訊くと、怖がりだが、最初に会ったときに蹴ってやると精一杯脅したのがミリ。アケはどこかおっとりとしていて、食欲に忠実らしい。最初に僕たちの出したお菓子にかぶりついたのは彼女だ。もう一人のシンは好奇心が旺盛で、チビたちに最初に手を伸ばしたのも彼だ。
聞くところによると、三人は同じ村の幼なじみで、一緒に遊んでいる途中に落ちていた箱を見つけたシンが手を出し、それが起動して三人を捕らえる檻となったそうだ。
「ふうん。大変な目に遭ったんだね。まあ、もう数日でラドライエ大陸に到着するそうだから、家に帰れるよ」
言うと、ミリはほっとしたような笑みを浮かべ、アケは、
「人族のお菓子、食べ納めしないと」
と呟き、シンは、
「ねえねえ。人族の大陸ってどんなところ? 皆耳も尻尾もないけど、不便はないの?」
と興味津々といった様子で質問してくる。
「特に不便はないなあ。
それより僕としては、君たちの方が興味深いよ。
頭の上に耳があるけど、横にも耳があるよね。両方で音を捉えているのかな。それはどういう感じに聞こえるんだろう」
僕も興味津々でシンに訊き返す。
「こっちの耳は、人族と同じように音を聞くんだよ。でもこっちの耳は、音じゃ無くって、何だろう?」
シンは頭の上の耳を触りながら困ったように仲間を見た。
「んー、距離?」
ミリが考えながら言う。
「そう、そういうの」
シンが勢い込んで言うのに、幹彦が頷いた。
「気配とかそういうのを探るのかな。レーダーみたいなものとか」
「ああ。コウモリの超音波とかみたいな」
何となく理解した。
そうして異文化交流をしているうちに、船はラドライエ大陸に辿り着いた。
見たところ、港の作りにさほど変わりは無い。建物が少し大きめな気がするのは、きっと獣人の方が体格が立派なのだろう。
活気はある。ほかにも船が港に接岸して商品の上げ下ろしをしており、たくさんの人間と獣人とが混ざって忙しく行き交っていた。
魔石の分配分も受け取っているし、幽霊船から接収した品物の分配も受けている。
盗賊や海賊などを退治した場合、基本的には退治した者がその盗賊の持ち物を受け取るのがこちらのルールだそうだ。
今回はまだほかの船を襲っていなかったので、強奪されたものはなかった。薬草とラドライエ大陸に生息する動物の牙などだけだった。
船長やコックに手を振って見送られ、僕たちはシンたちを連れて港の中にある憲兵の詰め所に向かった。
「へえ。獣人もいるけど、人も多いんだなあ」
行き交う人を見ながら幹彦が言うが、ミリはどこか嫌そうな顔をして小声で言う。
「ここにいるのはほとんどハーフだよ。この港町には、ハーフが集まっているから」
それに怪訝な顔をすると、シンが補足した。
「別の種族の獣人とのハーフとか、獣人と人族のハーフだよ。ハーフは半端者として忌み嫌われているから、普通の村では暮らせないんだ。特に人族とのハーフなんかは、ここ以外には住める場所なんて無いんじゃないかな」
僕と幹彦は、一気に何かが醒めたような気分になった。
チビが事もなげに言う。
「種族によっては、生活様式も文化も変わる。仲が悪いところもあるし、一口に獣人と呼んでいるのは人間側だけだろう」
民族問題的なものは、どこの世界にもあるということだろうか。
行き交う人は皆がほぼハーフだからか明るい顔をしているが、気をつけなければいけないこともありそうだ。
そう言っているうちに、その建物の前に着いた。
「ここだよ。憲兵の詰め所」
シンが言い、僕たちは中へ足を踏み入れた。これで任務は完了だ。
それがどうだ。
十数分後、僕と幹彦とチビたちはそろって牢に入れられていた。




