若隠居の優雅な船旅(6)
部屋の壁際には薬草や食べ物などの入った木箱が積んであったが、真ん中には鉄格子のはまった牢が作ってあり、そこに十歳前後と見られる子供が三人入れられて震えていた。
しかもその子供たちは普通ではない。頭の上に長いウサギのような耳が付いていたのだ。
「耳? あれ? うさ耳カチューシャ?」
幹彦が目をぱちくりとさせて言うのに、震える子供たちの中の一人が、
「と、と、兎人族、だ! ち、近付いたら、蹴り飛ばしてやるからな! 痛いんだぞ!」
とじんぞくと聞いてもピンとこなかったが、兎人族と脳内で変換し、合点がいった。
「うさぎの!? 獣人!?」
「まじか!」
叫ぶ僕と幹彦に、子供たちは警戒心のこもった目を向けて睨み付けている。
「あ、えっと、怪しいものではないです。ただの旅の隠居です」
警戒は緩まない。
幹彦が牢に近付いて話しかけた。
「そうなんだ。船がいきなり襲われちまってな。乗り込んできたところなんだ。
君たちのことを教えてくれるかな」
流石は幹彦だ。僕も死体なら初対面でも得意なんだが、生きている人、特に子供は難しい。
子供たちはとたんに目をうるうるとさせると、大声をあげて泣き出した。
「お家に帰りたいよお」
「うわああん!」
「お腹空いたぁ」
僕と幹彦は顔を見合わせた。
子供たちを牢から出して、船長の許可を得て船に乗り移らせた。
怯えて震えていた子供たちだったが、チビとピーコとガン助とじいのおかげか落ち着き、今は食事を摂っている。
「あのネクロマンサーが吐いた。ラドライエ大陸に不法に上陸して、密輸をしていたらしい。で、薬草やらなんやらの他にも、獣人を誘拐しては奴隷として好事家に売っていたようだ。一部の人間は獣人を奴隷にして喜んでいるからな。
で、あの子供たちも、納品依頼を受けて誘拐してきた獣人の子供だとよ」
船長は苦虫をかみつぶしたような顔で、嘆息しながらそう言った。
あの男はそういう「商品」を運びながら、ネクロマンサーとしての能力を使い、行きがけの駄賃とばかりに船影を見られた時はその船を襲い、積み荷を強奪してきたらしかった。とんでもないやつだ。余罪は山のようにありそうだ。
「それであの子供たちは」
言うと、船長はくしゃりと髪を掴んで困ったような顔をした。
「家に帰してやらんとなあ、とは思うんだが……。何せ、獣人と人は、ほら、仲が悪いだろう」
そうなのか。僕たちは内心の声を飲み込んで、知っていたような顔で頷いた。
「そうですね」
「だから、港の獣人側の憲兵に事情説明するにも時間がかかりそうだろう。こっちはこっちで、急いで帰らないと潮の影響があるからまずいし……」
僕と幹彦は、船長と一緒にううむと唸った。
「ということだからよ、頼まれてくれねえか。お前さんたち冒険者だろ。それに、発見した張本人だし、なついてるみてえだし」
僕と幹彦は、引き受けるべきかどうか迷った。
引き受けてやりたいのはやまやまだが、知らないことが多すぎて、何かおかしな事になりはしないかという心配がある。
だが、迷っているうちに、決定されてしまった。
まあ、チビたちに囲まれてようやく安心して食事を摂りながら笑顔を浮かべる子供たちを、放っておけるわけもない。
「わかりました。どうせついでです。な」
「そうだね。僕たちが事情を説明して獣人側の憲兵に引き渡します」
仲が悪いと言っても、いきなり武器を向けられることもないだろう。
そう思っていた僕たちがどれだけ平和な所に住んでいたのか、実感する羽目になるのは、この後だった。




