若隠居の優雅な船旅(5)
しゃべりながらも前列の戦いを観察し、合図で前へ出て、今まで戦っていた人員と交代する。その間に、今まで戦っていた人員は休憩だ。
そうして、いつ終わるかわからないゾンビとの戦いをするのだそうだ。
こちらに来ようとするゾンビから魔石を弾き飛ばし、海に叩き落とす。大した戦闘ではないが、終わりはないのかといい加減飽きてくる。
どういう仕組みになっているんだろう。これだけ大量のゾンビを船に乗せるのは不可能だと断言できるだけのゾンビを既に消している。
本当に、いくらでも召喚できるような何かがあるんだろうか。例えば冗談ではなく、あの世につながっている穴があるとか……。
「幹彦、これじゃ確かにきりがないだろう。もう、一度にやってしまって、向こうに乗り込む?」
幹彦も淡々と作業のようにゾンビを処理しているが、飽き飽きしているのは見え見えだった。
「そうだな。いくら交代とはいえ、いつまでもはなあ」
そうとなれば、これだ。
「全員目を閉じてください!」
浄化の術式を組み込んだ強力発光弾を数発幽霊船に撃ち込む。そのせいで辺りは真昼以上に明るくなったのが閉じたまぶたの裏からもわかった。
そろそろと目を開けると、幽霊船のデッキはガランとなっており、こちらの船のデッキでは、まだ目を固く閉じた人や目を閉じ損なって眩しさに呻く人がいた。
「幹彦、チビ!」
言いながらひらりと舷側に飛び上がる──のは難しく、よじ登って渡された板の上に立つと、幽霊船に逆乗船する。
幹彦とチビは悔しいことにかっこよく飛び上がって渡ってきた。くそっ。
幽霊船のデッキは思ったより普通のデッキで、新しくはないが、朽ち果てそうというほど古くもない。
たくさんひしめき合っていたゾンビが消え失せて、代わりに小さい魔石がたくさん転がり、人影はない。
いや、一人いた。船室へ入る入り口のところにしゃがみ込んで、目を押さえて呻いている。黒いローブを着ている男で、ローブの下も黒い服を着ている。
「目がぁ、くそ、召喚陣はどこだぁ」
男の斜め前にある樽のふたらしき板に召喚するための陣と思われるものが書いてあった。
「これで召喚していたのかぁ」
しげしげと眺めた。
まだ視力が回復しない男は、聞き覚えのない声に、ビクリと体を硬直させる。その男の腕を幹彦は後ろ手に縛って転がし、チビとピーコが男の顔を覗き込む。
じいとガン助は、ほかにゾンビがいないか飛んで確認しに行っていた。
「お前はネクロマンサーだな。他に仲間はいるのか」
幹彦が訊くが、男は暴れようともがく。
「ふ、不意を突かれただけだ、くそっ。命が惜しければさっさと──」
そんな男の足を大きくなったチビがのしっと踏んで押さえ、
「うるさい」
と言えば、ピーコも大きくなって男の胸を踏み、
「ちょっとかじって黙らせる?」
と男を覗き込んで訊く。
そこで男の視力はようやく戻ってきたらしい。
「え……フェンリルと、フェニックス……?」
呟いて、失神した。
「ああ、静かになったね」
「でも、質問には答えなかったぜ。まあいいけど」
僕と幹彦が言った時、じいとガン助がぐるりと船の周囲を回って戻ってきた。
「外にはもういないでやんす」
「中にはいるかも知れんが、声は聞こえんかったの」
板を渡って乗り込んできた船員や冒険者たちに失神した男やデッキに転がる魔石を任せ、僕たちは幹彦を先頭に船内に入ることにした。
チビとピーコも小さくなる。
船室の一番前に操船室があり、そこは無人だった。その両脇に船内に続く入り口があり、二つの入り口から続く廊下は、操船室に沿って延び、奥で合流していた。そこは貨物室のような所になっており、ロープやバケツや網などの船にあってもおかしくないような道具類が置かれるほか、下の船室へとつながる狭い階段があった。
そこを静かに、そろそろと降りる。
狭い廊下を挟むようにしてドアが左右に二つずつ並び、突き当たりに一つドアがある。
人の声などはしないが、音を立てないようにしながら静かに様子を窺う。
少しして、幹彦が小声で囁いた。
「突き当たりの部屋にだけ、誰か生きているやつらしい反応があるぜ。三人か」
「仲間かな。気をつけて突入しよう」
「おう」
そろそろと近づき、目で合図をして、勢いよくドアを開けて中に飛び込むと、部屋の中に散らばる。
「観念し……え?」
僕たちは仲間の反撃に備えていたのだが、思いも寄らない光景にポカンとした。




