若隠居の優雅な船旅(4)
再び鐘が鳴らされたのは、入浴して精霊樹経由で戻って来、寝ようとしていた頃だった。
寝るのはこちらだったり日本だったりだが、事故などで誰かが客室に入ってきたら無人だと思われて騒動になっても困るので、なるべく客室で寝ることにしていた。
ただ固い上にチクチクするので、ベッドの上にマットレスを敷き、寝袋に入るというスタイルで寝ているが。
今も寝袋の中に入って、ファスナーに手を掛けているところだ。
「魚か!」
チビと幹彦が跳ね起き、僕も素早く寝袋を空間収納庫に突っ込む。
外に出ると真っ暗で、月明かりだけが辺りを照らしている。波穏やかで、風もない。
その海上に、古そうな帆船が浮かんでいた。そしてそれは不気味にギイギイと音を立てて近づいて来る。
「ゆ、幽霊船だ!」
震えるような声で誰かが言った。
「そうか。幽霊船ってのは、船が幻で幽霊みたいという意味じゃないんだな。だったら、乗っている人が幽霊なのか」
それに幹彦が唸りながら言う。
「いや、太刀魚が幽霊魚って呼ばれるそうだけど、太刀魚は群れで移動して、昨日たくさん居たところでも今日はまったくいないなんてことがザラだからって聞いたぜ」
「ということは、居場所を自由自在に素早く移せるただの足の速い船の可能性もあるか」
僕と幹彦が真剣に悩み始めると、チビがじれたように唸った。
「調べてみればわかる」
確かに。
乗客のほとんどは客室へ入るように言われており、船員の他は乗り合わせた冒険者がデッキに残って幽霊船を見るのみだ。
その皆の目の前で、幽霊船は静かに海上を滑るように近付いて来た。互いの舷側同士の間は狭く、思い切り跳ぶか板でも渡せば簡単に乗り込んでいける距離になった。船についた傷も、修理の後も見えるくらいの距離しかない。
そこまで近くなると、いくら暗いとはいえ、甲板の様子が嫌でも目に入った。置物のように何かが並んでいるとは思っていたが、それが皆、人だった。
しかし、どこかおかしい。
よく見ると、そのどれもが、いやに肌の色が悪く、表情がなく、生気がない。中にはケガをしている人もいるが、放置されたままで、血液は流れていない。
「もしかして、乗員が幽霊とかゾンビとか」
言うと、チビは嫌そうに後ろに下がりたそうにし、乗員の誰かが教えてくれた。
「ここ何年か出るようになった船だ。乗っているのは死者のみで、あれに出会ったら、乗り込んで来られて荷も奪われ、船員もほとんど殺される。辛うじて生き残ったやつがそう言ってた」
「の、呪われた船だぁ」
「死にたくない、死にたくない」
震える船員がそう呟く。
「でも、ゾンビなら物理攻撃も効くから簡単だろう?」
幹彦が訊く。冒険者なら慣れていそうなものだし、屈強な船員なら戦えそうなものだ。
「何体も何体も出てきてきりがないそうだ。きっとあの船はあの世とつながっているんだよ」
船員がそう言って、不気味に並ぶゾンビたちに向ける。
ゾンビたちも、一斉にこちらを見た。どんよりと濁って生気のない目が一斉に向けられるのは、やはり気持ちのいいものではない。
そしてどこからか鈴のような音がすると、こちらの船に面した舷側から板が突き出されて橋のように渡され、その上を通って一斉にこちらの船に乗り移って来ようと動く。
「野郎ども!乗り移らせるな!」
その力強い声に船員たちは剣や棒を握りしめ、
「うおお!」
と返事をして、片っ端からゾンビを海に叩き落とし始めた。
弓を持つ冒険者は弓を射るが、当たったところで足が止まらないので、弓は早々に飛ばなくなる。
舷側の二カ所に板を橋のようにかけられ、そこから乗船してこようとするゾンビはとにかく殴ってでも海に叩き落とす。
橋の無いところから飛び移って来ようとするゾンビも出始め、ゾンビはどんなケガをしていようと動けるので、乗船したものは片っ端から殴りつけるか斬るかした後、魔石を外していくしかない。
大した脅威でも無く、むしろ、乗り移ってきて態勢の崩れた所を襲えるので簡単だ。それよりも、終わりがないということなので、体力の方が問題らしい。
低ランク冒険者や船員が襲いかかる後ろに待機して交代の時を待っている僕たちだったが、気がついた。ゲームセンターにあるモグラたたきとかワニたたきに似ている。
「俺、高校の頃、ワニたたきは得意だったんだぜ」
「そう言えば最高得点を出したよな」
懐かしい。




