若隠居の優雅な船旅(3)
命綱は釣り糸と役割を変え、船員は生き餌として大きな魚に飲まれていた。その魚はテレビで見る「巨大魚」からはかけ離れた大きさで、この船と同じ大きさはありそうだ。泳いでたてる波は船を不規則に揺らし、転覆するんじゃないかという恐怖すら起こさせるが、その前に慣れたはずの船酔いを確実に起こさせそうだ。
ただ幸いなのは、その巨大魚には歯がなく、エサを丸呑みにするタイプだったことだ。あの船員を引き上げることができれば、助かるだろう。
となれば、急ぐべきだ。
「どうやって助けるつもりですか」
「あの魚を殺れればいいんですが、それが無理なら命綱を切って船の安全を取ることになります」
その船員が言うと、聞こえていたらしい近くの別の船員がキッと彼を睨んだ。
「てめえら! 死ぬ気で引き上げろ!」
船長なのか、貫禄のある男がよく通る声で言えば、船員たちは
「ヘイッ」
と声をそろえ、命綱を引く手に力を込める。
そして武器を構える男たちは号令と同時に攻撃を仕掛け、槍や銛が当たった魚が口を開けた隙に飲み込まれていた船員を勢いよく引っ張った。腕にロープのような筋肉の筋が浮かび上がり、ジリジリと海に投げ出された船員が船に近づいて来る。
それを見逃す気がないらしく、魚は再び口を開けて船員に接近して飲み込もうとする。
「あれを止めればいいんだよな」
「うむ。刺身がいいぞ」
チビがそうリクエストするので、雷などはやめた方がいいな。まあ、周囲のほかの魚も感電するかもしれないしな。
そこで、その魚の周囲を凍らせた。氷締めというところか。
「やっぱり締めねえとな!」
幹彦が氷の上に飛んで行き、魚のエラに深く刀を差し込む。おそらく中で長く伸ばして、エラを掻き切っているのだろう。
チビも反対側に跳んで、エラの奥に氷を突き込んでいた。
魚がビチビチと苦しんで暴れる中、幹彦とチビが船足を落として停まった船に飛んで戻ってくる。
色物かと思いきや、幹彦のマントはなかなか役に立つな。
生き餌にされた船員の方も無事に引き上げられ、ゼイゼイと荒い息をしているが、ケガはなさそうだ。
「ここに引き上げろ、フミオ」
チビが興奮して言うので、
「よし、大物ゲットー!」
と言いながら、魔術を使って魚を海から引き揚げ、凍り付いた氷を溶かして落とす。
こうしてみると、かなり大きい。船に引き寄せてくると、船員が慌ててデッキを空けるので、そこに下ろした。
「おお。何人前だ、これ」
幹彦が目を輝かせる。
「深海魚かな。ちょっとあんこうに似てるかな」
「あん肝!」
幹彦が目を輝かせ、チビが
「鍋だな、フミオ!」
と尻尾を振り、船のコックが、
「こいつはいい。高級魚だぞ!」
と両手を挙げた。
食われそうになっていた船員は恨めしそうな顔をしていたが、概ねほかの皆は、よだれを垂らしそうな顔付きだ。
チビがしゃべったことすら気付いていない有様だった。
ポケットからピーコが顔を出し、魚の大きさに驚いたようにポケットの中に再び潜り込む。
その後船長に礼を言われ、これは倒した僕たちのものだと言われたが、生き餌になった船員も気の毒なので、魔石や目玉、肝などの買い取りされる部分をもらい、後は皆で食べようということにした。
避難していた乗客たちの中の数人が覗きに来ており、大喜びで知らせに走って行ったようだ。
そしてコックがギラギラとした目つきで、魚を捌いて厨房へ運んで行く。
「今日はあの魚の料理だな」
「何が出るか楽しみだな」
客室へ戻って夕食を心待ちにしていると、数時間でお待ちかねの夕食だ。
生で食べる習慣がないのかあぶり焼きとフライに料理されており、チビたちにも料理を出してもらえた。
それを皆で分け合って食べたのだが、白身は脂ののりがよく、味が濃い。ぜひもう一度捕まえて、刺し身や塩焼き、しゃぶしゃぶで食べてみたいものだと盛り上がった。
「肝は薬の材料になるんだな」
「売らずに、食べるか、幹彦」
幹彦とチビが目を輝かせ、バカ高い薬の材料になるはずの肝は、後日あん肝として僕たちの食卓に乗ることになったのだった。
「あと一匹欲しいな」
チビが尻尾を振り、皿をきれいになめて言う。ピーコ、ガン助、じいも好みだったらしく、
「美味いでやんす」
「次は唐揚げがいい」
「わしは煮付けがいいのう」
と言っており、もう一匹欲しいというのには賛成らしい。
「また出たらな」
「船に危険がなければあと三回くらいでてもいいぜ」
「またぁ。フラグになったらどうするんだよ、幹彦」
笑い合っていたのだが、内心では、もうこれ以上はトラブルなんて起きないものと、何となく思っていたのだった。
しかし、そういう予想は外れるものである。




