暁の星「居酒屋での雑談」
依頼を無事に終え、暁の星のメンバーはギルドの隣の居酒屋へ腰を落ち着けると、まずはビールのジョッキを傾けた。
「クウ~」
仕事の後の1杯はたまらない。一気に半分ほどまで飲んで、おもむろに枝豆に手を伸ばす。
すっかり定着した枝豆。それを見て、エインはふとつぶやいた。
「あいつら今頃どの辺にいるんだろうなあ」
史緒と幹彦が故郷へ戻ると言ってエルゼを出たのは数日前のことだ。
「大体、ニホンという集落はどこにあるんだ?聞いたこともないぞ」
グレイが言うのに、エインもエスタも頷いて考え込む。
「不思議だよなあ」
「ああ。ドの付く辺境なら、一般人は知らなくても俺たち冒険者に知られていないってことはないだろうし」
「そもそも、あれだけの持ち物と教育と所作だぜ。世間知らずの貴族かとも思ったが、それにしてもどうももの知らず過ぎるところもあったしな」
「何もかもがおかしいんだよな」
言って肯きあい、ビールをゴックンと飲み、枝豆を口にする。
すっかり定着した枝豆だ。本当にくせになる。
「いくら貴族でも平民でも、祝日とか大きな街の名前とかを知らないのはおかしいもんな」
「まさか、よその国の貴族か?」
エインがやや緊張して言うのに、グレイが首を横に振る。
「いや、そうだとしてもおかしい。この世界の、国を問わない常識が欠けていたところがある」
エスタは、冗談半分にそれを思い出した。
「それって、あれみたいだな。別の世界の人間」
「ああ、おとぎ話の。昔異世界人を召喚した国があったんだよな」
エインが言い、笑いを浮かべる。
「そうそう。ある国が勇者を召喚して世界を手に入れようとしたら、異世界人が暴れまくって国が滅んだとかいうおとぎ話な」
「バカな国だよなあ」
エインとエスタは笑い出したが、グレイが真面目な顔で続けた。
「本当の話かもしれないぞ。それから異世界人を召喚することは禁忌とされているが、元々はそういう異世界人かもしれない人物が現れたら始末するために、教団兵ができたって聞いたことがあるからな」
それを聞いて、エインとエスタは真面目な顔でグレイを見た。
「まさか」
「まじか」
「ああ。村にいた魔術士が召喚魔法を研究していて、司祭のじいさんに止められた時にそう言われてた。もし異世界人を召喚してしまったら、その異世界人もお前も殺されるぞってな」
周囲の喧噪に反して、そのテーブルはシンと静まりかえった。
「まさか、異世界人?」
「まさかそれで教会から逃げ出すために?」
しばし考え、そろって吹き出した。
「ねえな」
「ああ、ない」
「ありゃあただの、世間知らずで貴族のボンボン疑惑のある自称隠居だな」
「そのうちまたひょっこり戻ってくるだろ」
「うまいもん、土産にしてな」
そう言って枝豆をつまんで笑い声を上げる。
エインもグレイも、エスタの笑い声を聞きながら、ホッとしていた。
領主の娘の一件以来、しばらくエスタは空元気を見せていたが、どうにか無理が見られなくなった。それに、上を目指そうと焦っていたのがなくなり、いい結果が出ている。
忘れることはできなくても、前を向き、顔を上げて歩き出したのだと、エインもグレイもうれしく思っていた。
「ああ?何だよ、ニヤニヤしやがって」
エスタはそんなエインとグレイに怪訝そうな顔を向けた。
「いや、美味いもので思い出してな。あいつらが孤児院に置いていったハタル、うまくいってるみたいだぜ」
「次のシーズンには、食えるかもしれんな。俺たち庶民でも」
それで宴会を思い出し、そろってよだれをすすった。
「異世界人でもなんでもいいや」
「ああ。俺たちに害はないやつらだしな」
「いいやつらだ。多少常識がおかしくても」
「今頃どこかで、美味いもの食ってるんだろうな」
「美味いものを美味く食うことに真剣だもんな」
「くそ。俺たちも美味いもん食うぞ」
暁の星のメンバーはグラスのビールを飲み干すと、ウエイトレスに向かって手を上げた。




