道端にて
日本でも心霊スポットというのはあったし、知り合いには行ったというのもいた。でも、僕は行った事がなかった。
あの頃は幽霊が本当にいるかどうか疑わしかった、いや、どちらかと言えば懐疑派だった。
それがまさか、異世界に来て心霊スポット巡りをする事になるとは……。
「なかなかいねえな」
幹彦が嘆息して言った。
稀に見る事の出来る幽霊はいるのだが、ブツブツ文句を言うだけとか、体を乗っ取って祟り殺しに行ってやろうとする地縛霊とか、執念を燃やす何かのみに固執してほかは会話もできないとか、メソメソするだけとか、そういう幽霊ばかりだった。
「前向きな幽霊、いないかな」
「前向きな幽霊は成仏しておるのではないか」
チビが言うのに少し考えた。なるほど、その通りだ。
思わず幹彦とゲラゲラと笑い、同時に嘆息した。
「あといそうなのは、貴族の屋敷と城の後宮か」
「城の後宮なんて、貴族のお嬢さんとかだろ?電話の取次ぎスタッフとかできるのかな」
想像してみた。
「だめそうだな」
「求人広告とか出せたらいいのに」
「どこに?教会?」
「ああ。死にたての人をターゲットにするわけか」
「遺族の前ではリクルートしにくいけど」
「司祭もいる前で成仏するなとは言いにくいよなあ」
言い合いながら、旧街道を歩く。
今は平地に主要な街道が通っているが、昔この近くに王室の別荘があって、その近くは警備上の観点からも立入禁止だったので、街道が険しい山の中を通るルートになっていたらしい。
坂は急で道も細い。その道から下を見れば、切り立った崖で、助かりそうにない事は明白だ。もう片方は岩肌で、見上げれば、落石なんかがありそうだ。
「ここから落ちて死んだ人もいるんだろうなあ」
言いながらひょいと見た先に、いた。
「いたぞ、幹彦」
小さな花を眺める幽霊だ。若い男のようで、服装から年代を推測できるほどこちらの知識はないが、間違いなく貴族だ。
彼は花を眺めていたが、ふと手を伸ばして花に触れようとし、半透明の手が花をすり抜けて悲しそうな顔になった。
それを頭を突き出して僕達は眺めていたのだが、彼はふっと顔をあげて僕達に気付いた。
「あれ。見えるのかな」
「えっと、こんにちは」
「こんにちは。何をしているんですか」
彼は寂しく笑い、
「ここから動けなくなってしまってね」
と言った。
訊くと、彼は伯爵家の長男で、草花が好きで兄弟間の後継争いにはまるで興味がなかったそうだ。ところがどの兄弟かが彼の抹殺を試み、盗賊の襲撃に見せかけてここで襲われたらしい。
馬車が崖下に落とされ、彼は頭を殴られて突き落とされ、途中の岩に引っかかったまま死んでしまったそうだが、隠していた恋人へのプロポーズのためにと買って来た指輪が転げ落ち、それを彼女にという想いが未練となって指輪に縛り付けられ、その指輪が回収されないままになっているため、ここに今もいるのだという。
「気の毒に。
ピーコ、指輪を回収できるかな」
言うとピーコはバサバサと飛んで行き、途中の出っ張りになっている岩の窪みに足を入れ、何かを掴んで戻って来た。
「あったー」
エメラルドのはまったシンプルで上品な指輪だった。
「これを彼女に渡そうと思ってたんだよな」
半透明な彼は、すぐそばに立って指輪を愛おしそうな寂しそうな目で見ながらそう言った。
僕はすっかり彼に同情してしまっていた。
「その後彼女はどうしたかはわかりませんよね。どこにいるかも?」
彼はゆっくりと首を横に振る。
「取り敢えず、その辺りに行ってみるとか。それで、訊いてみようぜ」
幹彦も、彼に同情的だ。
「お名前は」
「セバス・ロメルテ。ロメルテ伯爵の長男でした」
ロメルテ領と言えば隣だ。
「よし、行こう」
チビが少々呆れたような顔をしていたが、
「かわいそー」
「あんまりでやんす」
「見つかるといいのお」
というピーコたちの声に嘆息し、大人しく歩き出した。




