新しい住人
早朝、暗いうちに街の外に転移し、テントで開門を待つ。
「いいか。昨日の夜暗くなってから着いたから門が開いていなかった。だからテントで野営した。間違うなよ」
幹彦がサリとキラに念を押している。
「う……ん」
「大丈夫だって」
10歳のサリは任せろと言ったが、9歳のキラは朝に弱いのか、チビを抱きしめるようにして半分寝ている。
マルとニアは苦笑しながらも、
「大丈夫です。昨日のうちに説明して言い聞かせてありますから」
と言った。
やがて門が開き、今日の当番が顔を見せた。
「おはよう。幹彦も史緒も、昨日は外で野営してたのか」
それに笑って答える。
「おはようございます。早朝の空気は気持ちいいですね」
「おはよう。実は移民の家族がいるんだ」
兵は緊張して立つマルたちを見た。
「名前は?」
「マル・スーンです。妻のニア、息子のサリとキラです」
それを聞きながら帳面を繰っていたが、やがてうんと頷いた。
「手配もされてない、と。
ようこそ、エルゼへ」
そう言ってニッコリ笑うと、一家もニッコリと笑い返した。
それからまだ住民でないので入領税を支払い、まずはギルドで登録する。
身分証明というのももちろんだが、万が一「逃亡した」とか「村の備品だから返せ」などというイチャモンを付けられても困らないようにだ。ギルド員ならば、ギルドが守ってくれる。という事を、セブンやエインたちからそれとなく聞いた事がある。
マルは猟師なので、冒険者として期待できるので冒険者ギルドに。ニアは商業ギルドに登録しておくことで、どちらででも今後生計を立てられるようにしておく。そう話し合って決めていた。
だが、カウンターを離れようとした時、職員に待ったと声をかけられた。
「販売委託のコーナーなんですけど、あれって、新人向けのものなんですよね」
笑いながら言うのに、はいはいと笑って頷く。
「史緒さんも幹彦さんも、そろそろ……」
それに僕と幹彦は驚いた。
「え。だって、新人向けでしょう?僕達登録して1年も経ってないですよ。新人ですよね」
「でもね、売り上げが新人じゃないでしょ。それに新人なら、貴族が抱えようとかしませんから。ね」
職員に申し訳なさそうに言われ、僕も幹彦も、ガーンと言わんばかりの顔で職員の顔を見返した。
まあ、日本で売る事もできるようになったから別にいいけど。それに、だ。
「店でも出そうか、幹彦」
「お、いいな。俺も考えてたところだぜ」
幹彦がにやりとする。
「ニア。店長とかやってみねえか」
またも不動産探しだ。
武器、ポーション、魔道具。それにお弁当や保存食。ギルドのそばか門のそばがいいだろう。そう思って空き店舗を聞くと、ちょうど閉店する店があるという。
行ってみると、2階建ての商店だ。1階は店で2階は家になっている。
そしてモルスさんがいた。
つい最近、ここの主人が外に出ている途中魔物に襲われて亡くなったらしい。それでまだ小さい子を抱えた未亡人は、夫と一緒に独身時代に働いていたセルガ商会に戻って、住み込みで働く事になったそうだ。
「真面目で誠実ないい男だったんじゃがなあ」
モルスさんは残念そうに溜め息をついた。
マルたちに訊くとここがいいというので、ここに決める事にした。
「さてと。じゃあ、引っ越しだな」
空間収納庫に入れていた荷物を出して片付けるが、生活に足りないものが多い。
僕達は、ストックの武器やポーションを出した。
「マル。使いやすい武器を選んでくれ。就職祝いだ」
「ポーションも携帯しておかないとね」
マルの弓もナイフも丁寧に使われ、手入れはされているが、かなり古くて耐久力が落ちているのはわかっていた。
それから風呂がなく、キッチンも不便そうだったので、魔石コンロと、水と温める術式を刻んだ風呂桶を設置する事にする。
助けがいると思っていたら、ちょうどジラールとエインたちが通りかかった。
「おおい!リフォームを手伝ってくれ」
と言えば、すんなりと手伝ってくれる。
マルたちは、同じ黒髪のジラールにも、本当に黒の者でも普通に暮らしている事にも、ようやく納得できたようだ。
その間に、人数分の布団を買って来た。制服として彼らの服も数枚市場で買う。持っていた布団は布団と呼べないような代物だったし、服もあまりにもぼろすぎたからだ。接客業なら、それなりの服も必要だ。
「そんな事まで。住む場所まで世話になるのに」
マルが言うが、こちらにはないのかな。
「福利厚生ですよ」
「店長をしてみると言ったけど、うまくできなかったらどうしましょう」
ニアが難しい顔をするのに、笑って言う。
「隠居の道楽なんだから、気にしない気にしない」
「そうそう。どうせ趣味の工作なんだから」
僕と幹彦が笑った時、子供好きのグレイと一緒にタイル張りをしていたサリとキラの
「できた!」
という歓声が弾けた。




