逃げろ!
少ない私物ではあるが、それでも持って行きたいものはある。それらを簡単に素早くまとめる。
その前に、誰かのお腹が鳴った。
上の子、サリだった。が、釣られるように、下の子キラのお腹も鳴り、ニアもマルも鳴る。
「そう言えば昼過ぎだな。お弁当を食べようか」
「そうだな。そうしようぜ」
僕達は持って来たお弁当を出し、その他にも、空間収納庫に入れてあったパンやハムを出した。
「どうぞ。
チビ、ピーコ、ガン助、じいも」
チビたちにも肉を出す。
森を出たら適当な所でお弁当を食べようと思って持って来たのだが、役に立った。
「うわあ!これ何!?きれい!」
キラが目を輝かせる。簡単なホットドッグやサンドウィッチなど大したお弁当ではないのに、心苦しい。
「いいの!?」
サリが一応訊く。
マルとニアは、迷うような泣きそうな顔をしていた。
「遠慮なくどうぞ。腹が減っては戦ができぬってな」
幹彦が笑って言うと、彼らはいただきますと言うのももどかし気に食べ始めた。
チビと幹彦が外に目を向けた。
「フミオ、外に人が集まって来ておるぞ」
小さな声でチビが言うと、幹彦が壁の隙間から外を覗きながら付け足す。
「村の奴らは遠巻きに様子を窺っている感じだな。武器を持って向かって来ているのは、さっきの誘拐未遂犯とその仲間だぜ」
「こっちの法律では、あいつらに非は無いのかな。後で手配とかされても面倒だし、追い払うだけにしておこうか。
じい。ちょっと頼むよ」
頼むと、じいはフラフラと飛んで来て肩に乗った。
「フフン。楽しませてもらおうかの」
言うや、小屋の外に靄を吹き出した。その靄は彼らを包んで広がって行く。
「何だ?」
「毒か!?」
「また眠らせようって気か!?」
しかしこれは、睡眠を誘うものではない。幻を見せてその中に閉じ込めるものだ。
彼らは棒立ちになり、次に頭を抱えてしゃがみ込んで悲鳴を上げ、恐怖に染まった目を上の方へと向けている。
「じい。あれは?」
「この前テレビで見た怪獣を見せたんじゃよ。メカゴリラじゃったかの」
そう言えば、楽しそうにチビたちが怪獣映画を見てたな。
「くそう、もう金は払ってあるんだ。このまま帰れるか!」
そんな声が聞こえた。
「ふうん。じゃあ、脅そうか。あれって確か、口からビームが出たよね」
言い、僕はおもむろに収束魔術を撃った。
まばゆい光の束が彼らのすぐ目の前に注ぎ込まれ、しばらくして回復した視界でその場所を見れば、彼らのすぐ前の地面には深い亀裂が生じ、崖ができていた。
「に、に、逃げろおおお!!」
誰かが言うと、彼らは争うように来た方向へと逃げ出して行った。
それを家々から眺めていた村人たちが呆気にとられた様に見送り、じいは幻を消した。
「ふはははは!いい気味じゃ!」
じいは機嫌よくくるくるとその場で回り出した。
「やったっすね!」
ガン助もくるくると回り出す。炎を吐きながらやると別の怪獣そっくりになるな。
「……カメとカイが喋った」
サリたちが呆気にとられた様に見ているのに気付き、誤魔化そうとしても遅い事を悟った。
食べ終えると持ち出す荷物を残らず空間収納庫に入れ、全員まとめてエルゼの家に跳んだ。
「ここは?」
「エルゼの俺達の家なんだけど、悪い。この転移の事は内緒にしてくれねえかな」
動揺から立ち直るとはしゃぐ子供達とは違い、マルとニアは、それが目を付けられそうな力だと想像がついたようだ。
「わかりました。サリとキラにも言ってきかせますから」
「助かる。
ああ今夜は家で寝よう。それで明日の早朝、街の外に出て入り直そうぜ」
「そうだな。町に入ったという記録を作ろう」
それで一家を、2階の客間に通した。大した広さはない。そこにベッドと小さな机とタンスを置いてある。
「狭いなあ。サリとキラは僕の部屋にでも来る?」
しかし彼らはとんでもないと首を振りながら興奮したように部屋を眺めまわした。
「きれい!凄い!」
「見て!お布団がこんな、見た事無い!」
ああ。その布団な。誰が見てもそう言うんだよ。僕と幹彦は布団についての会話を避けようとした。
「まずはゆっくりして。お風呂も用意するし、夕食も作るから。それで寝てから、明け方には出るようにしましょう」
順番に入浴した彼らがそこでも騒いだのは言うまでもない。




