黒の者
村に入ると、こちらに気付いた人が目を見張り、こそこそと言い合う。
「新しい村人?」
「どっちも黒だよ。それも2人」
「でも、冒険者かい?移住じゃないのかね」
「それでも黒は黒。それもどっちも黒だから、先行きは同じさ」
囁きにしては声が大きいのか、耳に入って来る。
そうしてさらし者のようになって歩きながら、小さくて古く、補修跡がかなりある建物に着いた。
「ここだよ、俺たちの家」
言って、ドアを開ける。
「ただいま!」
言わばワンルームハウスだろうか。土間のドア側に水瓶と竈があり、壁際には棚が、真ん中にはテーブルとイスが4脚ある。そして奥にはベッドと思われる木の台が2つ壁際に並び、藁が敷かれ、畳んだ布が乗せられていた。
そのテーブルのそばで、若いのか若くないのかわからない感じの女が蔓でかごを編んでいたが、
「おかえり」
と顔を上げ、僕達に気付いて戸惑ったような緊張したような顔付きになった。
「あ、あの」
女が言いかけたところで背後のドアが開き、男が入って来る。
「ただい──!」
こちらも言いかけ、困惑と驚きと警戒の入り混じった顔をした。
「こんにちは。俺は幹彦、こっちは史緒。冒険者をしています」
「その真の姿は隠居です」
「あのね、森で食べ物を探してたらさらわれそうになって、お兄ちゃん達に助けてもらったんだよ」
父親と母親らしき2人はギョッとしたように子供達を見ると、慌ててそばに来て子供達がケガをしていないか素早く確認した。
「ああ。
ありがとうございました」
安堵の息をついて頭を深く下げる。
「いえ、お気になさらず。
それよりも、どうも気になりまして。誘拐しようとしていたのに、突き出されても罪に問われないかのような物言いをしていたのですが」
両親は諦めのような色を顔に浮かべ、苦笑した。
「黒ですからね、我々は」
それから、ハッとしたように僕と幹彦を見た。
「あなた方も黒でしょう。それも髪も目も。
冒険者……この国の方ではないのですか。あなた方の国では、黒でも当たり前に生きて行けるのですか」
すがるような目を向けられ、僕も幹彦も目を丸くした。
「どうも、情報のすり合わせが必要なようですね」
僕が言うと、幹彦は
「ロクでもない情報が出てきそうだぜ」
と眉を寄せた。
この世界では黒の髪も目も少数だというのは聞いていたし、場所によってはそれが差別の対象になる事も聞いてはいた。
その中でもこのマダルヤという国は黒に対する忌避感が強く、差別が激しいらしい。この魔の森に近い村だからこそ住む事もできたが、他では定住が困難なほどだというし、黒は黒同志でしか結婚も無理だという。
それでも、「住まわせてやっているんだからありがたいと思え」と言わんばかりの差別はあり、物置小屋のような家に住み、父親のアルは猟師をしてはいるが獲って来た獲物は買い叩かれ、母親のニアは細々と蔓細工のかごなどを作って安い値段で売り、最低限の生活を送っているらしい。
首都などでは奴隷がいるが、それらはほとんどが黒の者で、売られたか攫われたかだという事だった。
「魔の森が近いこの村は、黒攫いが来てなかったのに、とうとうか」
暗い顔でアルが言い、ニアは泣きそうな顔で子供達を抱きしめた。
「僕達はマルメラ王国のエルゼに拠点を置いていますが、そんな扱いは見た事がありませんし、された事もありませんよ。ここを出て、エルゼにでも来ませんか」
それにアルもニアも顔を見合わせ、それを子供達は不安そうに見上げる。
「黒は労働力として、集落の財産と見做されているんですが……」
とんでもない制度だ。
「逃げましょう」
言うと、幹彦も勧める。
「そうですよ。こんな国、未練がありますか」
ニアは子供を抱きしめた。
「サリもキラも、この先どうなるかわからない。私達みたいに、黒としての生き方しかできない未来なんて──!」
アルも妻子を抱きしめた。
そして、しっかりとした口調で言う。
「わかりました。本当にマルメラでは当たり前に生きていく事が許されているんですね。では、私達は、マルメラへ逃げます」




