呻く樹
人形は精霊王のお気に入りとなった。ほかの精霊も入りたそうにしていたが、人形を動かすための力のようなものが足りないのか、ただ入っただけとなってしまう。
なので目下の所、普通の精霊でも使える人形を作るのが僕の課題となってしまった。
思いついて昔のガラケーに精霊樹の小枝を組み込んでみたら、異世界とこちらで通話が可能だった。ただし、他と通話はできない。
これを精霊王に渡して使い方を教え、留守中に何かあった時は電話するようにと言えば、精霊王は無表情のまま上機嫌で引き受けてくれた。
来た神谷さんに言えば、
「ここ、本当に日本か……」
と呟いた。
気にしない、気にしない。新しい留守番サービスだ。
そして今日も、異世界だ。
人形の筋肉組織に当たる部分が植物の繊維だと言ったが、その樹が生えているのが魔の森の隣国部分だった。トレントという攻撃する樹や、水を求めて走り回る樹がある地域だ。そこに、よくしなって折れない丈夫なゴムの木というのがあり、この樹を探しに来たのだ。
斬れないし、折れないし、燃やせば使えないので、採るのはそういう意味で難しいとギルドでは言われた。
貴族が飼うようなバカ高い馬などの厩舎にはこの樹の樹皮を剥いだものを張り巡らせた個室を作り、興奮して暴れる馬をしばらく入れておくのに使われるという。
人形に使うのだと言いたくなかったので言わなかったら、勝手に、
「とうとう馬車でも買うのかもな」
「馬の調教から自分でやるのか」
「もしかしたら、王家から下賜された馬とか特別なやつかも」
「ああ。昔からの愛馬とかそういうのか。冒険者としてやっていけそうだってんで、迎えに行くんだな」
と納得されていたとは、後から聞いた話である。
貴族疑惑再燃とは……。
以前にも行った事のある辺りへ跳び、そこから歩いてその樹木の生育地を目指す。
魔の森に入ると、チビたちは大きくなって、ガン助もじいもふわふわと自分で飛んで進み出した。
「天気もいいし、いいピクニック日和になりましたっすね!」
「お弁当早く食べたい!」
ピーコとガン助はやや目的を見失っているが。
「あのゴムの木をどうやって伐採する気だ?」
チビが訊く。
「凍らせて斬れば斬れるんじゃないかな」
「温度変化に強いから、凍らんぞ」
チビの答えに、幹彦がポンと手を打つ。
「でも、ウォーターカッターはダイヤでも斬れるとか言うし、水なら斬れるんじゃねえの」
チビは考え、
「そういう伐採方法を取った例は知らんからなあ」
と言う。
「やってみようよ」
「うまく行けばいいけど、だめならその場で樹皮を剥いで、中身を持ち帰ればいい」
「幹彦、頭いいな!その時はそうしよう」
方針が決まり、意気揚々とゴムの木を探す。
「あったぞ」
やがて、ゴムの木がまとまって生えているのが見えて来た。真っすぐで、高さは大人の身長の倍くらいだ。葉は丸くて大きく、ちょうど目のような切れ目と口の位置に斑点が付いていて、お面のようだった。枝は腕くらいの太さのものが一番太く、これも真っすぐだった。
軽く枝を折るようにしてみたら、ぐにゃりと曲がって折れる様子がない。
「うわあ。本当に折れないな」
「ゴムの木か。地球のゴムの木とは違うけど、ゴムの木だぜ」
幹彦が面白がって樹を叩いたりしながら言った。
さて。やるか。
まずは水を出して薄い円盤状にし、それを高速で循環させながら、内側へ内側へと圧縮させていく。
ゴムの木に近付け、枝に当てる。
「おおおう」
「ああああ」
「うおおおお」
葉が騒ぎ出し、チビ以外は驚いて後ろに下がった。
チビだけは知っていたらしく、涼しい顔だ。
「知らなかったか。葉が騒ぐので伐採がやり難いという一面もある」
恐る恐る近付いて葉を見るが、葉は騒ぐだけで泣いたり怒ったりという顔にはなっていない。
「これはきっと、この樹の内部繊維を傷つける時の音がそう聞こえるんだな」
言うと、幹彦は、
「呪われたりしねえんだな?」
とチビに確認した。
「しないだろう」
「だろうなのか」
「しない。たぶん」
幹彦は複雑そうな顔をして、僕を見た。
「大丈夫だろう。化学反応だ」
僕は悲鳴とも呻き声とも聞こえる声を聞きながら、黙々とゴムの木を伐り、ついでに地下室にも移植しようと根ごと空間収納庫にも入れた。
「地下室で呻いたら嫌だなあ」
「大丈夫だって。部屋まで聞こえないから」
僕は幹彦に笑って、作業を続けた。
一応満足するほどゴムの木を採り終え、歩き出した時、悲鳴が聞こえた。
ゴムの木のものではない。
「あっちだ!」
幹彦が言う方へと、皆で急いで移動した。




