秘密調査員
インスタントではない方のコーヒーを出す。まあ、気持ちの問題だ。今更懐柔できるとも思っていないし、神谷さんがそういうタイプではないとも思っている。
「異世界では科学は進んでいない代わりに魔道具やポーションについては進んでいるんですね」
「ああ。鍛冶についてもな」
幹彦が言い添えると、神谷さんは満足げに頷いた。
「では、あなた方は異世界へ行き、そういう知識を持ち帰って下さい。ポーションは未だにドロップ品頼みで、品質はそう高いものではない。合成できるとなれば、医療に役に立つし、国益にかないます」
僕と幹彦は顔を見合わせた。
つまり、今まで通りに異世界へ行き、作ったポーションや武器や魔道具をこちらでも売れると、そういう事か。
頷き合った。
「わかりました」
「やりましょう」
これでマンションの借金返済がグッと現実味を帯びた。隠居の日が近付いてくる。
「他国にも漏らす事はしません。行き来できるのがあなた達だけと言って信じるかどうかも疑問ですし、殺して成り代われないか確かめる事もやりかねないし、日本にリードさせないためにとあなた達を消そうとすることも考えられますので、窓口は私1人に絞ります」
恐ろしい事を神谷さんは淡々と言う。
これは、浮かれている場合ではない。そう気を引き締めながら、僕たちは密約を交わした。
しかし、だ。どこかで少しだけ、「秘密調査員」という響きにわくわくしたのは否めなかった。
あれ? 隠居なのに仕事を引き受けた?
だが、お墨付きを得て異世界へ行けるのは気が楽だ。前向きに考えよう。
そうして僕達は、安心して異世界へと跳んだのだった。
エルゼから馬車で1日半ほど、キルジイラ領の端にあるダンジョンの調査に来た。単なる山と思われていたが、崖崩れで偶然遺跡の入り口が見付かったらしいが、入った所に魔物がおり、それを討伐すると遺体を残さず消えた所からダンジョンであるとわかり、ギルドに調査依頼が出されのだ。
冒険者はここへ入り、簡単な地図を作製する事と出て来る魔物を報告する事。これが依頼の内容だ。
遺跡型の場合は宝箱が見付かる確率が高く、これを見付けた場合、冒険者が開けてもいい。どうせ復活するからという事だが、最初に開ける場合、レアなものが見付かる事が多いらしい。危険度もわからないまま中に入って調査する冒険者のささやかな余禄とされているそうだ。
そういう事をエインたちから聞き、わくわくしながらの探索だ。
「そこに触るなよ、罠が発動するぞ」
入り口から2歩目でチビから注意され、気を引き締めた。
「罠が発動したらどうなるんだ」
「それによるな。どこかに転移されたり、槍や矢が飛んで来たり、天井が落ちて来たり、岩が転がって来たり、出入り口をふさいで水を流し入れるというのもあるな」
チビが事も無げに言うのに、気を付けようと肝に銘じる。
「お、これって罠じゃねえの」
幹彦が天井を指さして言い、
「え、どこどこ」
とよく見ようと壁に手を掛けたらカチリと音がした。
「え」
その途端、襟首を掴まれて後ろに引き戻された。
「あっぶねえ。二重の罠か」
幹彦が言うのに、僕の襟首から口を離してチビが言う。
「そういうものもあるから気を抜くなよ」
さっきまで自分がいたところを太い杭が貫いているのを見て冷や汗を流しながら、
「怖っ」
と僕は呟いた。
まだ先は長い。




