悪くなくても謝るのが日本人
日本人は、本当に悪くなくとも取り敢えず謝るという習性がある。ちょうど僕と幹彦も、すみませんと言いつつ、心の中で「いや、僕は悪くないよな」と考えていた。
新しい神獣が誕生し、従魔登録したい事。それと、神獣が揃った事で精霊王が誕生し、精霊王が誕生した事で精霊がたくさん地下室に生まれた事を報告したら、ダンジョン庁の幹部がすっ飛んで来たのだ。
それで、「すみません」に至っている。
まあ、手間をかけさせたことに対する謝罪は妥当だろう。
というのも、精霊は魔素の多いところにしかいられないそうで、少なくとも今は、地下室から出る事ができないという。
「精霊……」
来た官僚は、言いながら呆然と精霊を見ていた。
「驚きですよね」
愛想よく言ってみた。
まあ、精霊王以外は光の球にしか見えないので、色々な光が乱舞しているように見える。電気代のいらないイルミネーションと言ったら失礼だろうが。
「そもそも神獣とは何をするもので、精霊とは何をするものなんでしょうか」
官僚が我に返ったように言い、僕も幹彦も首を捻ってチビを見た。
チビは伏せの姿勢でゆったりと構えながら言う。
「神獣は世界の調和を取る者だ。精霊はそれを実際に行う者だな」
漠然とした答えに全員で首を倒すと、精霊王がにこやかにふわりと浮いた。
「風や水や土や火などのバランスを整えるのです。反対に、神獣様が揃っていないとバランスが整っていないので、精霊は生まれませんし、魔素が少なくなっても精霊は存在できません」
精霊王が言ったが、それでも漠然とした答えだった。
まあ、元々神獣も精霊も魔素もなかったものだ。仕方がないのかもしれない。
と、僕も思ったが官僚も思ったらしい。追及する事無くそれでよしとしたようだ。
「まあとにかく、じい様も従魔として登録できました」
じい様のくだりで、幹彦が笑いそうになった。
「また何か変わった事があったらすぐにお知らせください」
そう言って帰って行き、手続きは終了した。
「じゃあ、エルゼでも登録しておこうか」
「そうだな」
精霊たちを残し、僕達はエルゼへ跳んだ。そして職員に
「え、今度は貝ですか」
と疑うような目で見られながらもじいを登録して戻って来た。
戻って来て、違和感に足を止める。
「あれ?地下室ってこんな感じだったっけ」
幹彦と、底の方を見て言う。
「何か、広くなってねえか」
「やっぱり。気のせいじゃなかったんだ」
チビは精霊王に訊いた。
「広げたのか」
「はい。土の精霊が張り切りまして。
あ。水も」
言った時、地面がゴゴゴと振動し、地震かと辺りを見回した。
と、グングンと通路が広がって、下へと続くスロープの手前までが、通路ではなく広場になってきた。そしてそこに池ができた。
唖然としてしまう。
水は綺麗で、これでポーションを作ればさぞや高品質のものができるだろうと思うし、家庭菜園の水やりに使えばさらに美味しいものになりそうな予感がする。
しかし、この上の地面とかはどうなっているんだろう。家の基礎とかに影響はないのだろうか。
考えている事がわかるのか、チビが冷静に言った。
「地下室は独立した空間だ。地表の距離と地下の距離は同じではないし、これで家が崩れる事もない」
幹彦がホッとしたように軽口をたたく。
「なあんだ、そりゃあ安心だな。
だったら、ここに温泉ができたりしても大丈夫なんだな」
それに精霊王がにっこりと笑った。
「もちろんです」
その途端、ゴゴゴと再び地面が揺れ、まさかと思う間もなく、池がもうひとつできた。ただしこちらからは、湯気が立ち昇っていた。
「温泉?」
僕と幹彦が呆然とする先で、チビは嬉しそうに温泉に飛び込んだ。ガン助とじいは池の方だ。
「お前ら……」
呆れ果てて、ガックリと来た。
「でも、気持ちよさそうだな」
「ああ。帰って来てすぐに温泉に入ってから家に入るのもいいぜ」
「じゃあここに着替えを置けるようにするか」
「お、いいな」
悩むのがばからしい。
ただし、だ。
「これも報告しないとだめかな」
幹彦は肩を竦めて苦笑した。そして再び先程の官僚が来て地下室を見て絶句するのに、
「何か、すみません」
と謝るのだった。




