お疲れ様の打ち上げ
エルゼのギルドの食堂は、今日も、いや、今日は一段と賑やかだった。
「あの教主の顔!ガハハハ!思い出したら、それだけで酒が飲める!」
「これで聖教国も終わりだな!」
「乾杯だ、乾杯!」
それで何度目かわからない乾杯をする。
あの奴隷運搬の司教たちに魔物の噂などを吹き込んだのは、僕たちの仕込みだ。司教やヨハンに聞こえる所で噂をばら撒いて行動を誘導したのだが、うまく行った。
魔物を魔の森から追い立てて来たのはチビとピーコで、こちらにぶつかりそうでぶつからないように追い立て、魔の森へと帰した。牧羊犬になれそうな手並みだった。
岩を落としたのはガン助だ。ガン助ならいくらでも岩を吐きだせるからな。
その度毎に「教主への不審」などを囁いたのはもちろん僕や幹彦、冒険者のフリをして護衛に雇われたセリーナ姫を奪還しようとしていたグループだ。面白いほどに教団兵もビビり、教主や聖教国への信頼が揺らいだ。
道中教団兵がなぜか具合が悪くなるのも、聖教国の広場で炎の神を出したのも、宝冠を撃ち抜いたのも落雷も、僕がやった。ホールを斬り倒したのは幹彦だ。幹彦のインビジブルは、見破れる人がなかなかいないので便利だ。
あとは、ちょっと不安や不審をあおる事を言えば、勝手に市民達も騒いでくれる。
「チビもピーコもガン助もお疲れ様。上手くやってくれたね」
言いながら、チビたちの皿に肉を追加で入れた。
「ワン!」
「ピー!」
「……」
ガン助はカメのフリをしている時は無口だ。仕方がないけど。
「聖教国の教主、お告げなんて全部デタラメだったって認めたらしいな」
幹彦が温いビールに軽く眉を顰めて言うので、僕は少し魔術で冷やした。
民衆に囲まれ、暴動騒ぎとなったあの後、教主は神の怒りを恐れてデタラメだったと認めて市民達に捕らえられ、「たまたま」旅行で訪れていたエルゼの次期領主によってそれが国に報告され、そこから他国にも知らされ、あっという間に聖教国の欺瞞は知られる事となって、待ってましたとばかりに周辺国によって国は解体された。教団も割れ、地方で地域に密着して運営されていた、皮肉にも教義にあまり関心のなかったような人だけが残り、熱心だった人ほどよりどころを失って教団から離れる事になった。
奴隷になっていた人は全て解放され、侵略されて接収されていた土地は、元に戻された。
亡くなった命や傷付いた心は戻らないが、それでも表情は明るい。雷や神の名を借りた侵攻を恐れる事も無くなったのだ。
「さんざん使って来た雷が落ちたんだからな。自分の銅像に」
エインが言う。聖教国の教団兵の中の魔術士が、数人がかりで雷を落としていた事もわかっている。
「あの、宝冠を貫いて後ろの建物にも穴を開けて山を蒸発させた何か。あれってビビったよな。教主は自分の頭の上だったんだから、そりゃあビビっただろうな」
ジラールが思い出すようにして言うと、
「ホールが斬れて上がずり落ちて来たのが、視覚的にも、近くだったのもあって、堪えたんじゃないか」
とグレイが真面目くさって論評し、
「どうでもいいけど、姫さんが助かって良かったな。まあ、俺に酌でもしてくれればもっと良かったんだけどよ」
とエスタがすねて言い、辺りは笑いに包まれた。
エルゼの一部の冒険者と領主を巻き込んで計画、実行された一連の事だが、僕達がした事は伏せてもらっている。次期領主があくまでもたまたま見たという事にしてある。
何と言っても、僕達はしがない隠居なのだ。
「はあ、楽しかった」
「そう言えば途中の山道で、いい感じに実った果物があったな」
「よし、明日採りに行こうよ、幹彦」
「おう」
ああ。隠居生活は自由だ。
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