聖教国
神はこのような事は望んでいなかった。
神のお告げを、教主は本当に聴いていたのか。
この呟きはあっという間に奴隷馬車を護衛する冒険者の間に広まり、呟きどころではなくなった。いくら教団兵などが禁止してもやまず、逆に教団兵の方がこの噂に感化されるありさまだ。
それでも奴隷馬車の列は聖教国に近付いて行き、とうとう聖教国に到着した。
「へえ。ここが聖教の本部かあ」
建物は大きくてどれも綺麗で、町はきれいに整えられていた。
道を歩くのは教団の制服を着た人かこざっぱりとした衣服の市民が目に付くが、端の方で目を伏せて歩く痩せた人がいるのが見える。奴隷馬車に乗せられた人と同じ服を着ているので、彼らは奴隷だろう。
「欲にまみれた生臭坊主がいるのはあそこか」
幹彦が、一際大きな建物に目をやって言う。城、または本殿と言うのだろうか。イスラムの教会のような屋根を持つ大きくて華麗な建物で、傷も汚れもなく、きれいなものだ。その周囲で、奴隷たちが花に水をやり、敷石を整備し、壁の清掃をしていた。
馬車はその前に停まった。
奴隷たちは新しい奴隷にチラリと無感動な目を向けたが、関心もなさそうに自分の仕事に戻る。
転がるように馬車を下りた司教は、ようやく着いてこれでもう安心というのが見え見えの顔付きで笑顔を浮べた。
「教主様にご報告を」
言いかけた時、異変は起こった。
晴れた青空にポツンと炎が浮かぶと、それは大きなヒトのような姿になる。
「神だ!」
誰かが指差して叫び、全ての人が空を仰いだ。
「おお、神よ!」
司教はすぐさまその場に膝をつき、ヨハンや旅をして来た教団兵達もそれに倣う。遅れてほかの教団員が膝をつき、市民に広がって行く。
立っているのは、ここまで護衛して来た冒険者たちと教主、奴隷たちだ。
誰かが言った。
「神様?ここまで祟りみたいなことをして来て、ここから本格的に罪を問うとかか?」
それに旅をして来た司教たちは体を震わせ、教主はどういう意味かと司教に問うた。
「祟り?何があった?」
「は、尋常ではないほどの魔物に襲われたり、人では無しえない場所からあり得ないほどの岩を落とされたりしました。神の御業ではないかとしか思えないとの声が道中……。
教主様。神は異教徒の殲滅と悪魔をかくまった者や悪魔に憑りつかれた者の浄化をお命じになられたのですよね。ランメイへの浄化侵攻も王家の根絶やしも、神の御意思なのですよね」
教主の答えを、この場の全ての者が待った。
教主は狼狽えたように周囲を見回し、
「ああ当たり前だろう!神が私に、そうお告げになったのだから!」
と言った。
その瞬間、上空の炎の神は腕をスッと伸ばして教主を指した。
すると、教主の被る煌びやかで重そうな宝冠に何かがぶつかった。それは質量を持つ何かではない。光の矢に見えた。
が、地球人、それも日本のアニメを知る者なら高確率で「レーザー攻撃」または「ビーム攻撃」に似ていると言うだろう。宝冠を刺し貫き、背後にそびえる本部の建物に命中すると、そこにも大きな丸い穴をあけて貫通させ、その向こうの山に当たって頂上を蒸発させた。
その一連の出来事を皆は黙って眺め、しばらくかたまってから騒ぎ出した。
「どういう事だ!?」
「か、神の怒りか!?」
「どうしてだ!」
「まさか、神はこんな事を望んではいらっしゃらなかったと?」
誰かの一言が響き渡り、混乱し始める。
「静まれ!!神の怒りとは、大いなる雷!これとは違う、これは神の名を騙る偽物の暴挙だ!犯人の魔術士を探せ!」
教主が真っ赤な顔で言うと、教団兵は躊躇いながらも立ち上がる。
が、今度は大音響と共に本部の真ん前に落雷があり、教主の銅像が破壊された。
続いて、ホールの上半分が斜めにずれて落下した。
しんと静まり返ったあと、叫び声が上がった。
「やっぱり神はお怒りだ!」
「神の名を利用したニセ教主を捕えろ!」
広場は混乱の渦に巻き込まれた。
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