釣れないのも無駄ではなかった
池から少し離れて、接近して来る相手を待つ。
姿を現したのは、身長2メートル半ほどの、手足が8本あるチンパンジーのような魔物だった。
「まずいな。あれは火も氷も風も土も魔術は完全に防御するし、接近しようものならたくさんある手足のどれかに掴まれる。フミオには向いていない相手だぞ。私が時間を稼ぐからミキヒコと交代して来るか、お互いに仕掛け合って隙を突くかしかないが」
チビが言う。
「いや、やってみるよ。ちょっと、試したい事があるから」
僕はそれから目を離さずに言った。
釣れない間、色々と考えた。
最初は幹彦のやり方と何が違うのかと考え、魚の気持ちを考えたが、それでもさっぱりだったので、いつしかこの前の戦いについて考えていた。
接近もできず、魔術も防がれる相手と1人で戦う事になったら、どうすればいいか、と。
それを試してみるつもりだ。
慎重に、頭の中で術式を組み立てる。
チンパンジーが吠え、空気がビリビリと震えた。それを合図に、その術式を放つ。
次の瞬間、チンパンジーの首元でボスッと音がして血煙が上がった。
「ガウウッ!?」
傷は小さく、チンパンジーもただ驚いただけのように見える。
しかし、こちらへ向かって来ようとした姿勢のまま止まり、目を見開いた。
その体が傷口から霜がついて白っぽく変化していく。
「ガ、ガウゥ……」
やがて動きを止め、地面に棒のように倒れた。
「よし!成功!」
僕はガッツポーズを取ったが、チビはチンパンジーをしげしげと眺めながら疑わし気な声をあげた。
「何をしたんだ?」
「術式をちょっといじってね。魔力のまま飛んで行って、めり込んでから次の術式を展開するようにって。
今のは、ぶつかった瞬間小さな爆破を起こして中に潜り込んで、体内で氷の術式を展開して体内から凍らせてみた。威力を変えたり、組み合わせを変えたりすれば、色々使えそうだよね」
「ああ。そうだな」
「これは食べないよなあ」
何か気が進まない。
「食べられないこともないが、人は進んでは食わないようだな」
「じゃあ、魔石は抜くとしても、解剖して威力とか調べてみようっと」
僕はいそいそと死体を収納空間にしまい込んだ。
チビは呆然としていたが、それを見て、
「フミオは、本当に変わっているな」
と言った。
え、そうかな。そうは思わないけど。
チビと池に戻り、またも大物を釣り上げていた幹彦とピーコに報告したら、幹彦は驚いた顔をしてから言った。
「そうか、うん。まああれだ。釣れないのも無駄じゃなかったって事だな」
皆であははと笑いながらも、なぜか悔しさは少々残ったのだった。
エルゼの家に密かに跳び、チンパンジーの解剖をした。目的は、先程の魔術がどう作用しているかを調べる事だ。
傷口に棒を差し込み、深さを計る。それから遺体を開き、傷付近の形状や状態を確かめ、死因を確定する。
全てが目視のみという不確かさに、これが仕事なら鑑定書にはできないなあ、などと考えていて、ふと思いついた。「観察」というのは使えないのか、と。
よく心臓をじいっと視る。すると、冷凍状態であると出た。
次に心臓を実際に開いてみると、完全に凍り付いていた。合っている。
その次はと膵臓を視た。結果、半冷凍状態であると出た。
開けてみると、確かに半冷凍状態だ。またも、合っている。
「まさか胃の内容物とかまでは……」
胃を視る。
冷凍状態とまずは出た。更に視る。視る。視る。
諦めて胃を開くと、冷凍状態の胃の中には、未消化の肉片や骨片が残っていた。
「目視できないと無理か」
結局、撃ち出した魔力は目標の体表に当たると爆発を起こし、内部に重ねるように入れてあった魔力が骨に当たって止まったところで冷却を開始。内部から内臓や血液を凍らせて死亡させたものとわかった。
魔術としては成功だ。
あとは、どのくらいの硬さの魔物にどのくらい効くかという実験を繰り返すだけだ。それに凍らせるのではなく、電撃を送り込んだら心臓まひで心停止しそうだし、火を付ければ内部からの熱傷で倒せるだろうし、肺に水を送れば哺乳類なら溺死するだろう。
いやあ、釣れないのも確かに無駄じゃなかったな。
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