かつて、脳が汗をかく、と表現した棋士がいた
ホノオドリと僕は、互いに互いの術式に割り込み、キャンセルしつつ、自分の魔術を発動する隙を窺う。相手の術式を精緻に書き替えられるほどの余裕は残念ながらない。なので、ひたすら「邪魔」をするのみだ。
その間に幹彦とチビは飛剣で攻撃をするのだが、飛剣が単なる魔力を飛ばすだけだから発動できているように、ホノオドリが翼をバサリと振って飛ばす火の弾も、言わば火の粉が飛んでいるだけであって魔術ではないため、飛んで行く。
幹彦がそれにあたる事もあるが、防具が上手く防御してくれるものもあれば、火傷するものもある。しかし火傷は、幹彦の自然治癒が端から治していく。
それでも苦痛はある。音を上げないのは、幹彦の精神力の強さのたまものだ。
チビは背後から氷をぶつけ、爪で襲いかかる。
そのせいでホノオドリは、3方向のどこにも注意しなければならず、3方向のどこにも集中できないでいるはずだ。
僕を後回しにすれば一気にピンチに陥る危険性があるし、かと言って幹彦とチビの攻撃も実に鬱陶しいはずで、急所に当たればこれも大ピンチになる。
ホノオドリの状況はこんなところか。
僕達の方は、まず何と言っても熱い。
そして僕は、ずっとホノオドリの発しようとする魔術の術式を読み、それに対抗する術式を発し、それに対してホノオドリが──と、とにかく頭を休める暇がない。
昔ある有名な将棋の棋士が、対局中は「脳みそが汗をかくほど集中する」と表現した事がある。勿論脳は汗をかかない。だが、まさにその表現は正しいと、今の僕は実感できる。
わからないならやってみればいい。
などと考えられたのは、不思議な事に、必死に魔術戦を繰り広げる脳の領域とは別の部分が冷静に考えたような状態だ。使わずに眠っている脳で考えたか、離人症の症状としか思えない。
と、その部分の僕が思った。
「ギャギャッ!ギャッ!グギャア!」
ホノオドリは見るからにイライラとして、翼をバタバタとさせるが、その翼を幹彦とチビが斬り落とした。
「グギャアアア!!」
ホノオドリは鳴き、反射的にか幹彦を見、チビを見た。
不用心にもガラ空きの体に僕が氷の杭を突き立てる。
「グギャアアア!!」
グラリと体が揺れ、段々と生え始めていた翼の再生がそこで止まる。
「うおお!」
幹彦はチャンスとばかりにホノオドリに突進していく。その幹彦を、チビが氷の魔術で包み、炎から守った。
幹彦の刀は深々と胸を斬り、心臓へと達した。
しかし、チビが叫ぶ。
「まだだ!これが向こうのヒクイドリなら、心臓と脳を同時に破壊しなければ死なない!」
それで僕は、頭に向けて氷の杭を飛ばした。
ホノオドリはどうにか横目でそれに干渉し、どうだという顔をした。ように見えた。
が、それは本命ではない。
氷の杭の背後に、隠れるようにして、風の刃が飛んでいた。
瀕死のホノオドリがそれに気付いても、それに干渉するだけの時間的な余裕も、精神的な余裕もないだろう。その考えは当たっていた。
心臓が回復する前に頭が斬られて落ち、心臓はそのまま動きを止めた。それと同時に体中の炎が消え、傷は治る事もなく、ホノオドリはどうと地面に倒れた。
僕も幹彦もチビも近くまで寄り、しばらく起き上がって来るんじゃないかと警戒して見る。
ホノオドリは微かにくちばしを動かし、チビがホノオドリが何か言うのを聞き、それを通訳するのを僕と幹彦は聞いた。
「突然、ここに閉じ込められ……子供だけでも……かえしたい……」
チビがそう通訳したところでホノオドリは形を崩し、魔石とドロップ品をいくつか残して消えた。
「ああ……終わった……幹彦もチビも、ケガは?」
言いながら座り込んでしまった。
そして、誰からともなく大きく息を吐いた。
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