安全な隠居生活への備え
指名されて、僕と幹彦は七大冒険者の空席に就いた。何もなければ武術大会を見学すればいいだけなので、隠居の名誉職だと思えばいい。
でも幹彦は、これではいけないと、鍛える事を宣言した。
まあ、地球もいつかその辺に魔物がウロウロするようになったら、安穏と隠居生活を送れない。なので僕も、万が一に備えて鍛える事に賛成した。
それで、異世界のダンジョンの方が強い魔物がいるのはわかるが、ちょっと顔と名前が広がり過ぎたので、ほとぼりが冷めるまで近所で頑張る事にした。
まあ、世界が違えば出る魔物も違うかもしれないので、近所のダンジョンの魔物を知る方がいいに決まっている。
そういうわけで、僕達はいつものダンジョンへやって来ていた。
ワシのような翼と前足を持ちながら、ライオンのようなしっかりとした下半身を持つ魔物が上空から襲い掛かって来る。
飛剣で翼を傷つけて落ちてきたところを斬るほか、魔物の周囲を囲って空気を抜いてそのまま殺すか、酸欠で意識を失って落ちてきたところをとどめを刺す。
そう言えば簡単そうだが、大きさが2畳くらいあると、突進を受け止めても重いし、落ちて来たものに当たってもケガをする。
「何とかこの程度なら危なげなくやれるな」
幹彦がやや満足そうに言う。
「そうだね。安全な隠居生活のためにも、がんばろう」
「ふむ。隠居というものがどういうものか、段々自信がなくなってきたぞ。言葉は通じている筈なんだが……」
何やらチビが首を傾げているが、どんまい!
僕達はそろそろ帰ろうかとエレベーターに向かった。
買取カウンターで順番を待ち、今日の戦利品を出す。
魔石やドロップ品がゴロゴロと山を成すが、それを見て、ヒソヒソとしながらも興奮気味で抑えきれていない声が聞こえる。
「あれ、見た事無いぞ」
「一番先で出る奴か?」
「あんなにあるけど、強いのよね?」
「弱いわけないだろう」
職員は鑑定を進め、目録に記入していきながら、どこの階で出た物かを併せてて記入する。
ここの最前線ではあるが、幹彦はまだ満足していない顔をしている。僕も、それは同じだ。二度とあんな不覚は取るわけには行かない。
売った代金は2つに分けて振り込んでもらうようにして、持ち帰りの物をバッグに入れる。
その時、声がかかった。
「最近見ないと思ったけど、こもってたのか。てっきりさぼってるのかと思ってたぜ」
斎賀たち天空の幹部が並んでいた。
「ああ。お前らか」
幹彦が言うと、斎賀が返す。
「再戦に備えてるのか?フン。それはお前だけじゃないからな。次はきっちりと白黒はっきりさせてやる。お前もやっとその気になったんだな」
なぜ嬉しそうなんだろう。バトルジャンキーってやつなのかな。
僕はチビを抱きながら首を傾けたが、幹彦は薄っすらと笑った。
「勝ち負けはどうでもいいんだけどよ。ただ、もっと強くなりたくてな」
斎賀は何か言いかけて、結局口をつぐんだ。
「じゃあな」
幹彦はそう言って片手をあげ、僕も、
「じゃあ、また」
と軽く頭を下げて幹彦と歩き出した。
「今日もいい運動したな」
「おう!帰ったらまず風呂に入って、ビールを飲みてえ!」
「しかけてきたナスがいい頃合いだよ」
「あれか!ビールに合うんだよなあ」
「私もあれは好きだな。ビールはいらんが」
チビも小声で言い、僕達は家路についた。
お読みいただきありがとうございました。御感想、評価などいただければ幸いです。




