誘拐
翌日、幹彦は会場へと行き、僕は市場を見て回っていた。
チビは、幹彦が何か知らない事があった時にこっそりとアドバイスするために、幹彦の飼い犬として幹彦に付いて行っている。知っていて当然の事を知らず、妙な疑いを持たれたら困るからだ。
薬草や魔道具を見て、知らないものがあると鑑定し、術式を読む。そして大道芸や色んな商品を見ていた。
と、子供の泣き声がして足を止めた。見ると、4歳くらいの女の子が大泣きし、7歳くらいの男の子が困ったような顔をしている。
「おにいじゃんのばがあ!」
「お前がちゃんと持ってないからだろ!」
「うえええん!」
「届かないし、もうお小遣いないし、諦めろよ」
兄の方がそばの木と泣く妹を困ったように交互に眺める。木の上に、風船のようなものが引っかかっていた。どこの世界にもある光景らしい。
僕は近付くと、重力と風の魔術を使って、ひょいと風船を手元に寄せた。
「はい。これでいいのかな」
兄妹は泣く事も忘れ、目を見開いて僕の手の中で揺れる風船を見ていた。
「お、お兄ちゃん、魔術士!?」
「凄え!」
「もっと何かやって!」
「水とかで動物とか作れる!?前に見学しに行った領兵の魔術兵が見せてくれたんだ!」
妹の手にしっかりと風船の糸を巻き付け、考える。
「こうかな?」
水の球を宙に浮かべ、犬の形にして、走り回らせてみる。
「おおー!」
そこに火で輪を作り、犬に跳んでくぐらせる。
「跳んだー!」
次は犬を魚の形にし、数も増やして群れにすると、勢いよく辺りを泳がせる。
「うわああ!」
「お魚が泳いでるう!」
調子に乗って来たので、土で船と漁師を作って浮かせ、光の網を持たせるとそれを取網のように投げさせる。魚は一網打尽にされて網に捕らえられると、蝶に変わり、網をすり抜けて飛び出した。
すると今度は船と漁師が花に変わり、そこに蝶が飛んで来て留まると、花と合わさって青い鳥に変わり、空高く飛んで行って、空に虹がかかった。
上空で霧に変え、太陽の光で虹を作ったのだ。
「兄ちゃん、すっげえ!!」
「鳥になって、虹ができたよ兄ちゃん!」
兄妹も大はしゃぎだが、いつの間にか見物していた通行人らも歓声をあげていた。
「あ、いや、はは」
僕は騒ぎになっているとは思わなく、驚き、頭を掻いた。
「兄ちゃん、冒険者?それで魔術士?」
兄妹が目をキラキラさせて見上げて来る。
「あ、うん」
周囲からも、
「大したもんだ」
「同時に水と火と土?」
「いや、あれだけの数のものを制御する事こそが難しいって」
などと声がする。
恥ずかしい。ちょっと泣き止まそうと思っただけなのに。
「えっと、今度は風船、離さないようにね」
僕はぎこちない笑みを浮かべ、立ち去る事にした。
そそくさと離れ、ひょいと路地に入ったところで息をつく。
「そんなつもりはなかったのになあ」
その時、首に何かが巻き付いた。
「何だ?」
鏡があれば確認できるのに、生憎ここにはない。しかし手で触って、どうやら首に何かを付けられたようだというのはわかった。ネックレスというより、首輪というデザインに思える。
そうしながら振り返ると、背後に陽炎のようなものが立ち、そこから人が現れた。隠蔽の魔術だ。ありきたりな服装の観光客に見えるが、
「騒ぐな。魔封じの首輪だから魔術は使えない。騒ぐと、殺すぞ」
と押し殺した声で言いながら短剣を突き付けて来るのは、ありきたりな観光客ではあり得ない。
試しにコソッと試してみたが、本当に魔術は発動しない。
今度は普通の行商人みたいな人が通りかかり、パカリと荷台の箱のふたを開ける。こいつも仲間だった。
「入れ」
と言いながら箱に押し込まれ、魔術をこちらに向けて撃つ。
催眠の魔術だ、と思ったが、効かない。何せ対魔術の効果のある服を着ているのだ。
「あれ?こいつ、耐性持ちか」
焦ったように言って、今度は短剣を振り上げた。
「待て!」
今度はこちらが焦るが、首の後ろに柄の方を振り下ろされて、
「痛いだろうが……」
と文句を言ったところで、意識が途絶えたのだった。
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