過渡期
ダンジョン庁の職員は、監視カメラで事故も目撃しており、すぐに来た。
そして盾の事を話すと、表情を引き締めた。
「すぐにネットででも広まるでしょうが、海外でも同様の事例が報告されています。ダンジョンの近くに限られはしますが、ダンジョン外で小さい物なら魔術が使えるようです」
僕と幹彦は顔を見合わせた。
「ダンジョンの駐車場で火弾を出す練習をしていたら本当に出たとか、すぐ近くで思い切り走ったら身体強化できたとか。まあ、時間も程度も大したものじゃなかったようですが、今後エスカレートしていく事を危惧しています」
ダンジョン庁の職員が真面目な顔でそう言い、僕達も唾を呑み込んだ。
「これまではダンジョンの中だけだったから良かったものの、ケンカでうっかりとか、犯罪に意識的に利用するとかしだしたら……」
言うと、幹彦も頷いた。
「ただ禁止というだけじゃ歯止めにならないだろうぜ」
「それに、免許が無い人でも、魔術を使える人が出始めるかもしれません」
職員が言うのに、僕も付け加える。
「あと、動物が魔物化する危険性すらありますよ」
幹彦はエルゼで見ているから知っている。それは低くない確率で起こるだろうと。
職員は「まさか」という顔をしていたが、
「動物が魔素を取り込んで魔物化したものを魔獣という。植物でも起こる。
全てがそうなるわけではもちろんないがな」
とチビが言うと、顔色を青くして電話をかけ始めた。
人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、海外でダンジョンの外でも魔術が使えたというニュースがまずネットで一斉に世界中に広まり、地上波のニュースがそれを後追いし、さらにダンジョン庁からの発表とそれを報じる新聞という形で、日本中、世界中に知れ渡った。
政府としては当然、ダンジョン外で魔術を使うのを法律で禁止したし、一般人が魔術を使う事も禁止とした。
それで急遽、魔術士を国家資格の魔術師と変え、魔術師資格を持たない人間の魔術の使用を禁止し、これに反すると未成年者であっても重罪となるという発表をした。
そして現在既に魔術を使える人に改めて講習を課し、魔術師の免許を与えた上、全国民が、魔術を使えるかどうか検査して、使える者は登録しなければならないという法律を作った。
これらの法律を作って施行するのは驚くほど早かった。
僕たちも行ったが、講習はマナーとか魔術使用に関する法律などを教えるものだった。
それでもその法律が施行されるまでのわずかな間にも、「事件」「事故」は起こった。ダンジョンのそばでは魔術が使えるか試す者が続出し、ダンジョン内の売店では収納バッグを使った盗難未遂があったし、ダンジョン近くでひったくりが増えた。
海外でも、ダンジョン内の売店で強盗があったり、収納バッグを店に入る前に預ける規則にしたら偽物を返却されて収納バッグが盗まれたという騒ぎも起こった。
世界中が、混乱している。
いずれこの「魔術を使えるダンジョン外の範囲」が広がるのは間違いがなく、そうなれば、そこら中で犯罪に魔術が使用されたり、魔術が犯罪を誘発したりという事につながるだろう。
まあ、そこまで僕が考える事でもないけど。
考えていると、幹彦がコーヒーを持って来た。
「何考えてるんだ?」
幹彦の淹れるコーヒーは好きだ。濃さがちょうどいい。同じようにしても味が違うのはどうしてだろう。
「うん。魔術を阻害する方法がないかとね」
「ほうほう。で、あるのか?」
幹彦は続いておやつのドーナツを持って来て、チビは早速1つをくわえた。
「まあ、目の前で紡がれる術式に干渉するならね」
チビが喉を詰まらせた。
「チビ!水!」
「ああ、急いで食べるからだぜ?こういうのは口の中の水分を持って行くんだから」
僕と幹彦は慌ててチビに水を飲ませようとする。
が、チビは落ち着くと言った。
「ドーナツのせいじゃないわ!」
僕と幹彦は首を傾げたが、チビは
「もういい」
と残りのドーナツに取り掛かった。
「まあね、前から人が魔術を使う所を見てて、それはできそうだなあって」
チビが、小声で
「思ってたのか……」
と言った。
「スーパーの中とか、範囲を指定して、その中では一切の魔術が使えないようにってのはできると思うけど」
「できるのか?」
幹彦とチビの声が重なった。
「うん。どうして魔術が魔素のある所でしか使えないのか考えてたら、まあね」
チビが首を傾けた。
「チビは元々魔素のある所でしか生きて来なかったから考えた事も無いんだろうけど、僕達にしてみれば、魔術なんて不思議でしかないし、それがダンジョンに限られるって事も同じくらい不思議だよ。
でも、ダンジョン外で使えないという事は、そこに魔素があるかないかが関係するとは思うだろ。
で、魔術は体内の魔力を体外の魔素と反応させて起こす現象じゃないかと考えた。
となると、魔術を阻害するのは、魔素に干渉すればいい。一定範囲内で魔術を使えないようにしたいなら、その範囲内の魔素にいうなればロックをかけて、使えなくすればいいんだよ。
相手の発する魔術を阻害するのも理屈は同じだね」
幹彦とチビは考えていたが、真面目な顔で言う。
「特に向こうの世界のように戦争とかで魔術を組み入れるのが当たり前だと、戦争の概念が変わる。向こうでは言わない方がいいな。命を狙われるか、監禁される」
「こっちだと、今のうちに知らせておけば、そもそも魔術を戦争や諜報に組み入れようとしなくなるかも。
もしかしたら犯罪にも使えなくなるとして、魔術犯罪が減るかもな」
それで、それを魔道具にして特許をとる事にした。
「しかし、よくそうポンポンと思いつくな、術式を」
幹彦が言うのに、僕は笑う。
「だって、目の前に術式があるんだから、それをいじくり回すだけだよ」
「その術式ってやつがよくわからないんだけど?」
「魔術を見たら、その術式が頭の中に浮かぶだろ?」
「俺は魔術師じゃないからかな、わかんねえ」
チビはと見ると、硬直して僕を見ている。
「チビ?」
「ま、魔術師だろうとも術式がそうそう簡単に読めてたまるか!」
おやあ?
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