衝撃
やはり、転移について実験してみなければならないだろう。そう思って、ほかに人のいないここならうってつけだと実験を行った。
まずは、転移できる範囲だ。
これに関しては、魔素のある所で、行った事がある所なら転移できた。地下室も、ほかのダンジョンも、このダンジョンのほかの階も。
次に誰かも連れて行けるのかを試してみた。幹彦もチビも、触れていれば大丈夫だった。
しかし、興奮するチビや幹彦と違い、僕は唸った。
「これ、便利かあ?だって、エレベーターがあるし、ほかのダンジョンへ行くなら免許証をリーダーに通さないとだめだし、あんまり使いそうにないと思うんだけど……?」
それにチビは、愕然とした声を振り絞った。
「わかっているのか、フミオ?名だたる魔導師達が取り組んでも、精霊樹のガイドによる転移が精一杯の偉業とされる魔術なのだぞ?」
でもなあ。地球には、エレベーターもあるし、電話もビデオもあるし、飛行機だってあるからなあ。向こうで夢のような魔術と言われている色々な魔術は、科学でとうに実現できているんだよなあ。
「むしろ、幹彦がすごいと思うな」
幹彦は、「こんな事ではいけない」と、何をどう努力すればできるのかわからないが、罠を察知できるようになった。
「罠が危険だとわかってはいたけど、今回は本当に、肝が冷えたからな」
幹彦は真面目な顔でそう言った。
「まあ、今更か」
チビはそう言って、床に寝そべった。
「でも、急に何か素材が欲しくなった時は便利かもな」
幹彦が思いついたように言った。
「ああ、資源ダンジョンとか?」
「それもだけど、エルゼは?」
僕は目を見開いた。
「ああ。そっちは試してないもんな」
やってみると、できた。幹彦とチビも連れて行けた。
それでチビは、力なく床に伏せた。
「チビ、その、精霊樹があるといいもんな。間違えないし。それに、その経験が無いと、できなかったし」
「そうだぜ、チビ。えっと、なんだ。おやつ食うか、チビ」
2人がかりで、落ち込むチビの相手をしたのだった。
しかしその数日後、異変を感じる出来事が起こった。
家の近くにあるゴミ集積所にゴミを出そうと、ゴミ袋を下げて歩いていた時だった。まだ朝の7時前で、小学生の登校時間には早いが、通勤の社会人や部活の高校生が歩いている。
と、背後で悲鳴が上がったので振り返ると、僕の後ろから乗用車が迫って来ていた。
運転席の中年女性の凍り付いた顔が、こんな時だというのによく見える。
その乗用車と僕との間には、もう一人高校生らしき女の子がいたのだが、硬直して、車を見ながら叫ぶばかりだ。
間に合わない。
道が狭く、次の辻まで逃げる時間も無いので、逃げ場がない。唯一助かる方法は、運転手がブレーキを踏む事だ。
僕は女子高生に手を伸ばして引っ張り、ゴミの山に倒れ込んだ。倒れ込みながら、無意識に、盾を張る。魔術がここで使えるわけがない。それは、術式を構築し、車が接近するのをスローモーションのように見ている時に思い出した。
ああ。僕は魔術を無意識に使うようになったのかな。エルゼのクセかな。
思わず目を閉じ、女子高生諸共その時を待つ。
が、一向に衝撃が来ない。
それで恐る恐る目を開けると、車は盾に阻まれる形で停まり、僕も女子高生も無事だった──ゴミの臭いはこの時は気付いていなかったが。
盾を消し、車に近寄る。
運転手はエアバッグに顔を埋めて失神しているようで、ひしゃげたドアをどうにか開けると、足を挟まれてケガをしていた。
「誰か、救急車と警察に電話を!」
言って、運転席から運転手を下ろそうとすると、運転手は意識を取り戻した。
「ブレーキが利かなかったのよ!私は悪くない!」
僕にとっての衝撃は、はねられそうになった事でも、女子高生にゴミ臭くなったと泣かれた事でも、運転手がアクセルとブレーキを踏み間違えてそれを認めないというのを目の前で見た事でも無い。ダンジョンの外なのに、盾を出す事ができたという事だった。
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