23
白い朝の陽に、ピカピカと光る金色が視界に揺れる。
ふんわりと暖かい微睡にまだまだ浸かっていたいのに、私の両頬には鈍い痛み。
「おい。起きろ」
白騎士が、私の両頬を、遠慮無く外側へと引く。
やっぱり白騎士か……。
眠気でぼんやりとした痛みしかないけれど、私の睡眠を妨害するには十分だった。
布団から出た顔に冷たい外気が触れる。
またご丁寧にも、部屋の窓を開けてくれているようだ。
「まだ、とても、眠いんですけど……」
「さっさと支度をして、食堂に行け」
「こんな起きぬけに、いきなりご飯は食べれませんよ」
「いいから行け。この後、パメラがここへ来る」
ぎゅーと、一層強く頬を引かれて、私は大人しく返事をする。
「ひゃい。わかりました」
ようやく白騎士の手が私の頬を解放する。
それにしてもと、白騎士が出ていく扉を見て、私はため息をつく。
白騎士の部屋に続く扉には、鍵が無いのだ。
就寝中の女子の寝室に、容易く出入り出来てしまうのは問題だな。
もっとも白騎士には、そんな気持ちは微塵もないのでしょうが。
いつもより少し遅い時間だけど、食堂はそれなりに混み合っていた。
今朝が聖誕祭の始まりの日だからなのだろう、いつもと違う雰囲気の食堂の隅で大人しく食事を済ませる。
白騎士には、起きぬけに食べられないなんて言ったけれど、食堂に来てしまえば今朝も何時もどおりにしっかり食べれた。
慌ただしく食事を終えて食堂を出ていく人たちを横目に見ながら、私はゆっくりと食後茶を飲む。
どのタイミングで白騎士の部屋に戻っていいのか分からないけれど、早く戻ってはパメラさんに鉢合わせてしまいそうだ。
そうしたら、今日の街へのお出かけに難癖をつけられてしまいそうだし。
見習いと言えど騎士の従者なのに、こんな忙しそうな日に城下に行くなんて知れるのはよくなさそうだ。
かと言って、お城にいても出来ることもなくて手持無沙汰にしているのが知れたら、それもそれで叱責されそうだし。
二杯目のフフ茶を飲んでから、私は自室に戻った。
廊下側の扉の鍵を開けて部屋に入る。
白騎士の部屋に続く扉に耳を当ててみると、隣室は静かなものだった。
そっと扉を開くと、椅子に寛ぐ二人の騎士だけがいた。
「おはようございます。ユズコ」
パレード用の騎士服に身を包んだアルトさんの向かいには、同じくパレード仕様の白騎士様。
白騎士はもともと王子様だけど、アルトさんも負けず劣らず王子様だった。
馬子にも衣装とは言うけれど、この場合はなんて言うのだろう。
もともと美目麗しい人が素敵な衣装を身に纏ったら、向かうところ敵無しって感じだ。
「なんだ、立派な主の姿に声も出ないか?」
口を開けば相変わらずの意地の悪さだけど、見た目がいつもに増して整い過ぎてる今日の白騎士は、なんだか眩しくて、ちょっと正視できない。
それは気持ちの面だけじゃなくて、白騎士の衣装に飾られた石がピカピカしているからだけど。
「私が言うのもなんですが、お二人ともすごくお似合いですね」
「それは、ありがとうございます」
「ふん。あたりまえだ」
どこか少し窮屈そうな白騎士をよそに、アルトさんは心配そうに私を見る。
「街は人出がすごいですからね、気を付けてください。……やはり今からでも、どこか見物場所を手配しましょうか? シュテフが当日まで黙っているからですよ。ユズコが街に出るのを許可したのなら、前もって知らせてくれれば良かったのですが……」
「そんな、大丈夫ですよ……」
……言っても、私もいい歳の大人ですから。とは、言えないのだけれど。
アルトさんにとっては、少年だから心配してしまうのも仕方ないかもしれない。
「仕方ありませんね。あまり人出の多い所には、入り込まないように気を付けてくださいね」
そろそろ時間の様で、白騎士とアルトさんは立ち上がる。
すらりと立ちあがった二人の騎士は、もう本当に、眼福ここに極めりだった。
「それ、とてもよく似合っていますよ」
にこりとアルトさんは微笑んで言う。その後ろで、白騎士は眉を顰めた。
今日も私は、アルトさんが用意してくれた新しい衣装を身に付けている。
濃紺のジャケットに揃いのベストとズボン。白いシャツには、ジャケットと同色の濃紺のリボンタイ。
首に巻き付けたスカーフは、薄桃色の柔らかなもの。
濃紺のジャケットの裏地には、スカーフより少し濃い桃色で格子柄の布地が使われている。
私こそ、馬子にも衣装状態なのは否めない。
白騎士が眉を顰めるのはごもっともかもしれない、大した働きもしない見習い従者には分不相応な衣装なのは私も痛感している。
アルトさんは満足気に私の衣装を上から下まで眺めると、再び街での人混みに気を付ける様に言う。
白騎士は何事も言ってこなかったけれど、その目は『本日限定のアレ』を買いそびれるなと言っているのが分かった。
煌びやかすぎる二人の騎士を見送ると、私も城下街へと出掛ける。
クヴェルミクスの紹介状を頼りにたどり着いたのは、大通りに面した一軒のお店だった。
下げられた看板から察するに、本屋さんのようだ。
扉横の小窓から中を窺うと、今日は営業をしていないのか、店内は薄暗く人気も無い。
それもそのはず、いまからこの通りをパレードが通過するのでは営業どころではないだろう。
通りに並ぶ他の店舗も今日は営業はしないようで、私の後ろを大勢の人たち騒々しく通り過ぎていく。
パレード見物の人出が通りを目指してやって来て、少しずつ人垣が出来ていく。
今からこのまま通りで待てば前の方で見物できるかもしれないけれど、パレードが始まるのは昼前で、まだ時間がある。
パレード待ちをしている人たちは何人かで集ってきているようで、お喋りをしながら時間を潰しているようだから、連れのいない私が一人ポツンと待つのは少し辛いなぁ。
もう一度向き直った木の扉と暗い店内を見てから、私は呼び鈴の紐を引く。
扉の向こうからくぐもった鈴の音が聞こえるけど、已然店内は静まったままだった。
諦めて通りへ戻ろうとする私の背後で扉が開く音がして、私は振り返った。
そこには小柄な老人が、扉からひょいと半身を覗かせていた。
「ご用ですかな?」
穏やかそうな口ぶりに、温和そうな微笑みで尋ねられて、私はポケットから封筒を取り出す。
「魔法塔のクヴェルミクスさまからご紹介頂いて……」
差し出したそれを訝しがることもなく受け取った老人は、うんうんと頷くと封筒の中身に目を通す。
「どうぞ中へ」
老人は快く扉を開き、私を中へと促した。
そそくさと店内に入ると扉は閉められ、通りの喧騒が遠ざかる。
灯りの消えた店内は天井までの書棚が並び、どの棚にも隙間なく本が並んでいた。
やはり本屋さんのようだ。
老人は店の奥へと進み、手招きをする。
その後に続き細い階段を上がると、建物の四階が屋根裏部屋になっていた。
天井の低いその部屋を抜けて、小さなテラスに出る。
テラスには金属製の小振りな丸テーブルと椅子があり、老人はそのテーブルに屋根裏からもう一つ椅子を出して私に勧めた。
「ありがとうございます。……あの、お邪魔になりませんか?」
一脚だった椅子を見て私は尋ねた。
突然の訪問者に老人は気を悪くしたようには見えないが、なんだか申し訳ない気持ちになった。
金属の飾り手摺の下からは、通りのざわめきが聞こえる。
きっとここからは、通りの様子が良く見えるだろう。
「爺さん一人で寂しく見物しても退屈ですからな。お気になさらず」
にこにこと笑みを湛えて答える老人に、ホッと胸の内を撫で下ろす。
「では、お邪魔します」
私が勧められた椅子に腰を下ろすと、老人は室内へと戻っていった。
見回すと周りの建物の二階以上の窓やテラスには、パレードを待つ人の姿が沢山ある。
どの窓もテラスも、少々店員オーバー気味の人入りだ。
きょろきょろと辺りを見回しているうちに、老人が戻ってくる。
「パレードは初めてですかな?」
手にしていたお盆をテーブルに載せると、老人はお茶の支度を始めた。
「はい。こんなに良い場所で見れるなんて、思ってもみませんでした。ここは本屋さんですか?」
「ええ、そうですよ。流行らぬ本屋ですが、クヴェルミクス様には贔屓にしてもらっています」
「お城で見習いの従者をしています。ユズコです」
うんうんと優しげに頷いてから、本屋のお爺さんはカップを差し出した。
「どうぞ」
「いただきます」
温かい紅茶が注がれたカップを、ありがたく受け取る。
突然の訪問にもかかわらず、紅茶を出してくれるなんて見た目通りの良い人だ。
「見習いの従者ですか。それは大変なお仕事ですな」
「いえ、何にも出来ないので、今日もパレード見物を許されたくらいです」
「ふむふむ。しかし次の年のパレードには、忙しくて見物どころではないかもしれませんよ。今年は、初めてのパレード見物を楽しんだらよろしいでしょう」
お爺さんの言葉に、私は曖昧な笑顔を返した。
次の年……。
変わらずに、ここにいるのだろうか。
森で過ごしてきた時と同じように、なんの手懸りも見つからないまま、月日だけが過ぎていく。
視線を落として、手にしたカップの中に揺れる自分を見つめた。
時の塔が鐘を鳴らす。
楽隊のファンファーレが風に乗り、城下街へと届けられる。
通りから歓声が上がり、期待のざわめきが一層大きくなった。
パレードが始まる。




