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庭園幽霊(前編)

 除霊拳葛城道場も、門下生はいないながら軌道に乗ってきた。

 と言うのも、依頼してくれた親爺さんたちが、口コミで広げてくれるタイプだったんだ。


 スーパーとか、カフェとか、駅とか。人の集まる商売してる親爺さんや女将さんにとって、悪霊案件は死活問題だ。

 まして、怪我人や死人が出てしまったら、立ち直れない。


 少しの間は、心霊スポットとして取材されるかも知れない。だが、すぐに飽きられて、悪い噂だけが残るだろう。


 土手のジョギング幽霊は、霊獣を操る伏見流の(ほむら)小父さん絡みの依頼だった。小父さんの犬仲間の親戚が、やはり犬を飼っていた。朝の散歩コースに出ると噂を持ってきたのだ。


 このケースだけは、仕事が広がらなかったが、商売人の依頼からは、小さいが本物の案件が舞い込む。

 通りがかりに看板を見て頼んでくる冷やかし連中は、大体嘘や単なる噂だ。まあ、万が一があるから、視には行くんだけどな。



 けど、その日はちょっと違った。

 カフェ『雨垂れ』のマスターが、ひょいと道場にやって来たんだ。


「何です。また出ましたか」

「いえ、薔薇園のチケットが沢山送られてきましてね」

「はあ」

「ご夫婦で如何かな、と思って」


 そこへ、休憩用の飲み物を取りに行っていた妙ちゃんが戻ってきた。薄荷と檸檬の冷たい水だ。円盆に水差とコップが乗り、小さい器には蜂蜜がある。俺は蜂蜜も入れる派だが、妙子はそのまま飲む方が好きなんだ。


「えっ、薔薇園?行きたい」

「どうぞどうぞ」


 そうして、俺達は、休みを合わせて薔薇園に出掛けた。



 平日だと言うのに、見頃の薔薇園は見物客で賑わっていた。オバサマ方や、乳幼児ママを中心に、学生らしきカップルもいる。スケッチに熱心な画学生っぽい若者も来ていた。まれに、俺達みたいな平日休を取った風の、社会人グループも見かけた。


「ハアー良い香」


 妙ちゃんのニコニコを見られて、俺も満足だ。正直薔薇には興味がない。香りも特に嫌いでも好きでもないしな。


「あれ?あの人」


 妙ちゃんが、ツルバラのトンネルに向かう行列を見て、呟く。

 半透明の着物婦人だ。すり抜けもせず、律儀に列に並んでいる。

 全く嫌な感じはしない。穏やかな笑顔で、静かに人の流れに乗っていた。


 着物の流行りはよく知らないが、なんとなく古風だ。何よりも、近頃では見かけない髪形である。白いものが混じり始めた豊かな髪を、緩く纏めて後ろで丸めたスタイルだ。

 その髪形は、レトロなポスターで見たことがある。


「ずいぶん昔の人みたいねえ」


 俺の妙子は着物にも詳しいのか。格好いい嫁だな。

次回、庭園幽霊(後編)


お読みくださりありがとうございました

続きもよろしくお願い致します

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― 新着の感想 ―
[良い点]  悪意を持った幽霊たちが社会のあちこちに潜んでいると言うのが良いですね。特に道場を壊滅させた「原色の絵の具みてぇな悪霊たち」が好きです。殺意剥き出しで別格な感じがします。 [一言]  幽霊…
2020/12/15 22:21 退会済み
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