五章 歪んだ日常 23
「はっはは!」
明るい満月が見下ろす屋上。そこに響く奇怪な笑い声。
「ははは! ほら! ほら! 見ろよ!」
笑い声の主――緋川は自らの胸を押さえながら大笑いしていた。
「ほら、見ろよ。見ろ! ははははは!!」
胸を押さえていた手を高らかに頭上に掲げる。その手は――赤く染まっていた。
「く……」
鍵山は何度も荒い呼吸を繰り返しながら、緋川を睨んでいる。その手に持つ銃口は緋川に向けられていた。
「死んで……死んでたまるか!」
鍵山はそう叫ぶなり、引き金を引く。乾いた銃声が鳴り響き、その度に緋川の体がビクンと跳ね上がる。
「はは! 痛い! 痛いよ! 血だ! これは僕の血だぁぁぁ!!」
体中を血に染めながら、緋川は狂ったように笑う。鍵山の持つ銃は全ての弾を撃ち尽くし、ハンマーの金属音が鳴っていた。
「見ろ! 革新派の屑共! 歪んだ! 歪んだ! 歪んだ!」
歪んだぁ――緋川は何度もそう叫んでいる。
手の震えが大きくなり、鍵山は銃を落とした。全身の言うことが効かない。目の前の異様な光景から逃れることが出来ない。
「ほら、歪んだよ? はは、歪んだ! 僕の血が溢れる。止まらない。痛い。死ぬ。もうすぐ死ぬ」
喉の奥からしゃっくりのような声を上げ、緋川はその場に倒れる。コートは完全にどす黒く染まり、徐々に血の水たまりをそこに形成させていく。
「は、はは、ははは! ひゃははははああはっはははあっはははあっは……………………」
壊れたロボットのように何度も奇怪な笑い声を上げ、のたうちまわる。やがて笑い声は徐々に小さくなっていき、そして緋川は動かなくなった。




