五章 歪んだ日常⑭
孝二は荒い息を整えようと、何度も深呼吸を繰り返す。
――俺は……。
目の前には横たわる鍵山。そして血に染まった木刀。
孝二は目の前の光景に、一瞬体を震わせる。そして先ほどからずっと震えている右手を見つめた。
――俺は……。
強く握りすぎてどす黒く内出血している右手を見て、思わず後ずさる。
――俺は……いったい何を考えていた?
鍵山に視線を向ける。意識を失っているのか白目をむいて、倒れている。その頭部のすぐ横の地面がぼっこりと凹んでいた。
孝二は鍵山の頭部に振り下ろすことが出来なかった。
「俺は……いったい何をしようと……」
眼に血が入り、その痛みに目を閉じる。
手に残る痛み。先ほどまであった感触の余韻。背中に悪寒が走る。
孝二の中に言葉に出来ない恐怖が宿っていた。自分が行おうとしていたことの恐ろしさを、その時やっと理解した。
「俺は人を……殺そうとしていたのか……?」
孝二は額に手を当て、何度も深呼吸する。
――あいつは最低の屑だぞ?
何度も深呼吸し、額の眼が閉じるイメージを繰り返す。
――何故、殺さない。情けのつもりなのか?
「黙ってろ!!」
自分の額を殴りつける。鈍い音と共に一瞬意識が遠くなる。
――殺してたまるか……!
歯を食いしばり、再び自分の額を殴りつける。
――罪を背負って……千里が喜ぶか? 手前の気分が晴れるか? ちくしょうがっ!!
突如ガラスの割れたような音が脳内に響いた。
「がっ!!」
足元がふらつき、その場にひざまずく。額に手を当て、そこを軽くさする。
「……あぁ、ちくしょう」
孝二はその場に座り込み、大きくため息を吐いた。額から手を離すと血がべっとりとついていた。




