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五章 歪んだ日常⑨

 千里の悲鳴。だが、それは声にはならない。静かに立ちすくんだまま、目の前にうずくまる孝二を見つめていた。

 ――お願い、死なないで! 誰かっ! 誰か助けて!!

 千里の体は、その場に屈みこみ、うずくまる孝二を仰向けに転がす。

 孝二は肩で小さな呼吸をしながら、虚空を見つめていた。

『確実にとどめを……』

 千里の口から小さくそんな言葉が紡がれる。そして右手を孝二の腹部に突き立てられたナイフへと伸ばす。

 ――嫌だ……。嫌だよ……。誰かぁ……。

 千里の悲痛な思いが響く。意志とは無関係に手はナイフへと伸びていく。

『千里ちゃん!』

 突如、背後から発せられた聞きなれた声。それと同時に足音がこちらに近づいてくる

 ――優……? 優! 早く何とかして!

 千里の体は突然の呼びかけに全く動じず、目の前の孝二にとどめを刺すべく、ナイフに手をかける。

 

 その瞬間、何かがショートしたような音が響いたあと、千里の意識はなくなった。


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