変わり映えのしない田舎町でも
雪国の朝。ストーブに載せたヤカンの湯気のせいで白くなった窓。手でこすると、そこには昨日から降り続く雪で真っ白に埋もれた畑の風景が見えた。
仕事ついでに久しぶりに寄った実家は、変わらず何もなく静かな田舎町だった。
昨日の夜。私は親父と二人で酒を飲んだまま炬燵で寝てしまった。その喉の乾きで目が覚めたのは朝の10時をまわってからだった。
床の冷たさに身をすくめながら奥の台所へ。蛇口をひねる。すると、いま現在暮らしている東京では味わえない凍えた水が、ここ北海道の冬の厳しさと懐かしさを胸に滲ませた。
そんな私が急ぎ炬燵に戻ると、外で雪掻きでもしていたのか、帽子と肩についた雪をほろいながら親父が部屋に入ってきた。
「起きたか?」
「ああ」
親父は、この道東のはずれにある小さな町で郵便局員を勤め上げ、10年も前に退職していた。今はその郵便局から貰う僅かな雑務収入と年金で、お袋と二人で暮らしている。
「そうだ親父。昨日の話、考えておいてくれよナ」
「ん、なんだったか……?」
「またあ、東京で一緒に住む話」
「いい……、いいってなんも。なんもさ……」
それっきり、とぼけたように親父は黙り込むと、静かに煙草をくゆらせ始めた。
昨年、病で入退院を繰り返した親父に、私の住む東京での同居を促したのだが、どうなだめすかして話をしても首を縦に振る事は無かった。何かを遠慮している訳でもなく、むしろ孫もなつき可愛がっていて、それらしい断りの理由は言わなかった。
ただ、変わり映えのしない田舎町でも、自分が生まれ育った場所から離れられない事。若い者は出てゆく最近でも、親父にとっては一日一日の退屈しのぎになる事。昨夜、そんな事を酒を飲みながらポツリポツリとは話していた。
私も親父と同じように煙草に火をつけた。そして、煙の向こう、窓から見える雪景色を眺めた。
確かに、数年前に唯一の駅も閉鎖され、商店街も廃れる一方の田舎街ではあった。それでも、この町を出てしまった私にさえも、懐かしく数多くの想い出がつまっていた。
春には黄色い花が咲き。夏には裏の小川で魚をすくい。秋には田圃や畑で土遊びをし。そして、冬には何もかもが白くシバレタ。
ストーブのヤカンが吹く微かな音に、静かに時間だけが流れていた。
おわり




