6-3
僅かに差し込んだ月明かりが、巨大な門を照らし出す。
それが上下に激しく揺れる視界の中で、一気に大きくなっていった。
(^ω^ )「……おっ」
ブーンは両腕をニシカワの首に巻きつけると、思い切り背を反らせようと力を込める。
二の腕が一気に血を押し出す感覚は、はっきり感じ取れた。しかし、一向に丸めた背筋は真っ直ぐにならない。
(^ω^ )「まずいお……、まずいお」
あせるブーンを乗せたまま、ニシカワはどんどん門へと近づいていく。
このまま進めば街を囲う壁か、閉じた門に激突するのは明らかだった。
だが、ブーンの意識はそれよりも、門の内と外で常に火を焚き周囲を警戒している兵士に向かっている。
(^ω^ )「頼むお、兵士に見つかったら全部終わりだお。まだ何も出来ていないんだお」
首に巻きつけた腕の力は緩めず、後ろに引き続ける。すると、僅かに首が後ろに下がり、速度もやや落ちた。
それを感じ取ると、疲れからほんの少し緩められた腕に再び力が込められる。
(^ω^ )「止まってくれお……。頼むお、止まってくれお」
ブーンの声がニシカワには届いていないのか、徐々に後ろへ首が持ち上げられても真っ黒な瞳は前だけを見つめている。
兵士の視界がいくら灯りの届く範囲だけとはいえ、静かな夜に響く蹄と地面がぶつかる音をどこまで隠せるか。
ブーンが考えていた、限界の位置は当に越えていた。石で舗装された道を恨めしそうににらみ付ける。
(^ω^ )「おおおぉ」
腕に掛かる負荷が急に和らぐと地面と水平に近かったニシカワの首が、一気に上に向かう。
ブーンに頭を抱えられるような形になると、その場で立ち上がり前脚で空中を蹴る様に振り回した。
前脚が地面に着いた時に、ブーンの視界は激しく揺らいだがすぐにニシカワが止まっている事に気づくと、腕に込められていた力をすぐに緩める。
(^ω^ )「大丈夫かお」
ニシカワが力なく短く鳴くと、頭を撫でるよう催促してみせた。
(^ω^ )「良し、急いで引き返すお。とにかく見つかったらまずいんだお」
それに応えてやると気持ち良さそうに目を細めているが、脚が小刻みに震え息も荒い。
(^ω^ )「さぁ、いくお」
ブーンは静かに降りると、大通りから出ようとゆっくりと進みだした。
出来るかぎり速く、音を立てないように歩く。
後ろに引かれるニシカワもそれを感じ取ったのか、蹄を地面に置くように移動する。
時折ガクリと倒れそうになったが、ブーンは振り返らなかった。
(^ω^ )「暗いから気をつけるんだお」
倉庫街に辿り着くと、手探りでそのうちの一つを探し出す。戸を開き、合図をするとニシカワが少し頭を下げて中に入った。
続いてブーンが中に入るとすぐに石造りの小さな皿に火を用意する。
小さな灯りが弱々しく部屋を照らし出すと、ブーンはニシカワを座らせて暖めるように全身を擦る。
どうすれば、あの香を体から追い出せるのか分からないが何もせずにいられなかった。
(^ω^ )「……もうあんな辛い目には合わせないし、乗せたくない人を乗せる必要はないお。走りたくないのに走る必要もなければ、おかしな薬や香を使われることなんて無いお。絶対だお」
ニシカワは薄暗い部屋でもはっきりわかる大きな瞳を微動だにさせず聞き、それが終わるとブーンを包む様に首を巻き付ける。
(^ω^ )「一緒に行くなら、しばらく散歩出来ないけど大丈夫かお」
ニシカワはブーンに体を寄せたまま小さく鳴いた。
(^ω^ )「この街を無事に出れても、これまでよりずっと危険だけど大丈夫かお」
同じようにニシカワが鳴く。
ブーンはまた口を開こうとしたが、それを止めてニシカワの首を撫でた。
それから一刻も経たないうちにブーンは外へ出た。
(^ω^ )「じゃあ、行ってくるお。暗くて狭いだろうけど少しの間我慢して欲しいお」
ニシカワは普段と違い、離れるのを嫌がるように寄って来ない。それどころか立ち上がろうとしなかった。それだけ、弱っているのだと感じたのと同時に、騎士に対する怒りや悔しさが強く湧き上がった。
その感情を胸にブーンは明かりを避けながら、行きとは違う道を使い屋敷へ急いだ。
外へ出る時に使った縄を手探りで掴むと、一気に塀の上まで駆ける様に上る。
行きの様に飛び移る事が出来ないので、馬房の二階まで戻るのには大分時間が掛かった。
念のため、馬房の門を内側から閉じた事を後悔しながら必死で開けたままの窓を目指す。
それでも七号達が慎重に騎士屋敷まで運ぶのよりはいくらか早かった様で、息を整えるのに十分な時間を置いた辺りで屋敷の門が騒がしくなった。
周囲を警戒し抜き身の刀を持った七号が、開いた左手で騎士を抱える部下に早く入れと合図を出す。
その様子はツダに屋敷を構える家の兵士筆頭のもので、それが普段見せる姿と違う事は夜の暗さの中でもすぐにわかった。
/^o^7\ 「ブーン、開けろ。大事だ」
屋敷の中に騎士を運び込むとすぐに七号がやってきた。
(^ω^ )「……なんですお」
できるだけ自然に、戸をゆっくり開ける。すぐに身震いするほどの殺気に当てられた。
/^o^7\ 「すぐに来てくれ。お前くらいしか向こうから寄ってきそうな奴がいない」
元々、細身だった七号が顔色まで真っ白になると、今にも倒れそうな雰囲気がある。だが、それ以上にブーンは恐怖を感じ取っていた。
(^ω^ )「すぐに、行きますお」
ブーンが頭の中で描いていた流れでは、ここで何があったのかを確認するはずだったが、そんな事は頭から跡形もなく消えていた。
急いで灯りを消すと外に飛び出す。屋敷から出るまでに七号が早口で事情を説明していたが、その話に驚くのも忘れて夢中で駆けていた。




