6-2
ブーンが動き出したのはそれから一月後だった。
これまでと何も変わらない生活を心がけ、好機を待ち続ける。
薄れてきていた、目的のために動いているという感覚が前以上に強く蘇っていた。それが焦る気持ちを抑え、一月程度は特に苦ではなかった。
/^o^7\ 「親分が今夜乗るそうだ。香の準備を頼むぞ」
(^ω^ )「……はいですお」
ブーンはつとめて普段どおりを装う。
だがその内では「報われた」という言葉を何度も浮かび上がっている。
/^o^7\ 「それじゃあ、よろしくな」
七号が馬房の扉を閉めて屋敷に戻るまでに掛かるのに必要な時間。それをブーンは数を数えながら試算する。
(^ω^ )「……来たお。とうとう、これが最初の一歩。ここからやっと始まるお」
屋敷の戸を開けている頃合で、そう言いながらニシカワの体を優しく撫でてやる。
心地良さそうに目を細めるニシカワとは対照的に、喜びと恐怖のないまぜになったブーンの表情は硬いものだった。
日が沈みきる少し前、ブーンは馬房の中にある棚で香器と火の準備をしていた。
(^ω^ )「さて、じゃあこれを嗅いでくれお」
ブーンが目印に引かれた線よりかなり少なめに乾燥させた香草を入れると小さな火種を入れる。
それを手に持ち、近づいていくとニシカワは首をグイっと後ろにもっていき拒否するが、ブーンはその分だけ腕を伸ばして許さない。
やがて嫌がりながらも香を吸い込むと、徐々に仰け反る形だった首が前に垂れてくる。
(^ω^ )「ごめんお。これで最後だから我慢してくれお」
ブーンがそう言って撫でても、ニシカワは何も感じていないように微動だにしない。
/^o^7\ 「……そろそろいいか?」
周囲が真っ暗になった頃、松明を片手に七号が馬房へやってきた。
(^ω^ )「はいですお」
/^o^7\ 「おぉ、そうか。じゃあちょっとだけ預かるぞ。帰ってきたらゆっくり休めるように支度をして待っててくれ」
七号はわずかに申し訳なさを感じさせる口調だった。
それが分かったブーンも何も感じていないようにニシカワを引き渡す。
門が大きな音を上げて開かれ、また閉まるのを耳で確かめてからブーンは立ち上がる。
(^ω^ )「さて、いくかお」
ブーンが馬房の屋根裏へと上がっていく。腰には丈夫そうな縄をいくつも垂らし、顔には黒い布を被っている。
目の辺りだけ開いた穴からしっかり外が見える事を確認してからそれを懐に突っ込む。
そして一本の縄を腰から取ると、一番丈夫そうな柱に何重にも巻きつけて硬く結び目を作った。
それから七号と酒を盗んだ時、一緒に頂戴した短刀を手探りで藁の中から探し出す。
それを腰に挿すと、窓を覆う戸をゆっくり開けてゆっくり一つ呼吸をした。
屋敷を囲む塀と馬房の屋根裏は大した距離ではないし、屋根裏の方がわずかに高い位置にある。
それでも地面から離れた場所から見るとその距離は何倍にも感じる。
(^ω^ )「……おっおっ」
ブーンは柱に結んだ縄を短めに掴むと勢いをつけて飛び出す。
恐怖で顔は引きつり、助走の間は膝に力が入らず転びそうになったがそれでも気力で飛び出した。
街が完全な闇に包まれる頃、いくつかの建物の入り口には粗末な灯りがともされていた。
木造の建物が密集している区画で火災が起きればその被害は甚大なものとなる。
過去数度の経験から「炎」と、その後の「賠償」の恐ろしさを知っている商人達は、必ず信用の置ける者達に夜の番を任せていた。
(^ω^ )「今だお」
灯りにしている松明がが十分な長さである事を確認すると番が中へ戻る。
それを見計らいブーンは出来るだけ早く、静かに次の灯りの場所まで一気に進んで身を隠す。
街の中心から離れると灯りの数は激減した。さらに大通りを避けると足元を照らすのは月明かりしかない。
(^ω^ )「さて、手早く準備を済ませるお」
大通りの中で数少ない灯りの無い一角。そこでブーンは腰から縄を取り出し、何度か両手でピンと張る。
(^ω^ )「……頼むお」
祈りを込める様に縄を額に当てるとブーンは素早く動き出した。
長い直線の中で、近くに灯りがほとんど無い場所。裕福な家の少ない、門近くの区画でブーンが額の汗をぬぐう。
(^ω^ )「こんなもんかお」
真っ直ぐな道を横切るように張った縄を指ではじく。縄はほんの僅かに震えるだけですぐに直線に戻る。
(^ω^ )「……これで準備は終わりだお」
ブーンはまた布を被り、闇の中に紛れるように無数にある細い脇道の一つに進んでいった。
それと入れ替わるように、長い直線の入り口へいくつかの人影が差し掛かる。
/^o^7\ 「ちょっと、ちょっとちょっと」
七号が馬を追いかけながら大きな声を上げている。息は切れ切れで、なんとか後ろにつけているという様子だった。
他の数名はもう諦めたように、その後ろを歩いている。
/^o^7\ 「あまり早く走られたら、とても着いていけませんよ」
後ろを見てくれと言う様に、指で後ろを指しながら七号が言う。
馬上の騎士は煩わしそうに右手を七号に向け、待っていろというような仕草だけを見せて馬の腹を強めに蹴った。
ブーンは身を乗り出すような形で大通りを覗き込んでいた。
目を凝らして遠くを見つめていたが、すぐに諦めて意識を耳に移す。
(^ω^ )「……来たお」
蹄が地面を叩く聞きなれた音。それが普段よりもずっと短い間隔で繰り返される。
始めは耳を澄ましても僅かに聞こえる程度だった音がどんどん大きくなっていく。
(^ω^ )「やるしかないんだお」
そこまで音が近づいてきたところでブーンが飛び出す。それに少し遅れて荷が落ちるような音がした。
(^ω^ )「おっおっ」
ブーンが僅かに速度を落としたニシカワに飛びつく。
それを全く気にしていない様に、誰も乗せていないニシカワはただ真っ直ぐに進む。
振り落とされないようにもがきながら、壁にぶつかりそうになると必死で手綱を思い切り横へ引く。
それを数度繰り返し何とか背に乗ると、ほとんど大通りは終わりになっていて門まであと少しという所に来ていた。




