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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第10話 南の楽園と、動く引きこもり要塞

窓の外は、目が眩むような青色だった。


寄せては返す波の音。

照りつける太陽。

そして、白い砂浜を駆け回る少女の歓声。


『義姉様ー! 見てください、大きな貝殻です!』


水遊び用の薄衣を纏ったリリア様が、満面の笑みで手を振っている。

その隣では、ジェラルド様が砂浜に寝椅子を置き、優雅に書物を読んでいた。

彼は上半身裸で、鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく太陽に晒している。


まさに、地上の楽園。

絵画のような光景だ。


「……暑そうですわね」


私は地下の魔導管理室で、冷えた果実水を一口飲んだ。

室温は常に快適な二十二度。

湿気もなく、直射日光で肌が焼ける心配もない。


私は頭に宝冠サークレットを載せ、砂浜にある「遠隔義体(三号機・防水仕様)」へと意識を飛ばした。



『……ミランダ。本当に外へ出てこないのか?』


砂浜の寝椅子で、ジェラルド様が呆れたように言った。

彼の視線の先には、大きな日傘の下に鎮座する、私の義体がある。

義体もまた、ツバの広い麦わら帽子と、遮光の魔導眼鏡を身に着けていた。


『ええ。強い陽射しは肌を傷めますもの。それに、砂が靴に入る感触が苦手なのです』


私は義体の口を通じて答えた。


『私はここで十分楽しんでいますわ。この義体の視界は、本体の水晶に鮮明に共有されていますから』


『君らしいと言うべきか……。まあ、君が快適ならそれでいい』


ジェラルド様は苦笑し、果実の皮を剥いて義体の口元に運んでくれた。

味覚共有機能はないけれど、その気遣いだけで甘さを感じる。


『失礼します、旦那様』


そこへ、冷たい飲み物を載せた盆を持った執事が近づいてきた。

ヴァルガスだ。

彼は首に「逃亡防止の首輪」を嵌められ、リリア様の助手兼、雑用係としてこき使われている。


『……帝国の元・特務官に給仕をさせるとは。ヴォルフィード家は恐ろしいところだ』


『文句があるなら、地下牢に戻りますか? それともリリア様の徹夜実験に付き合いますか?』


私が問うと、ヴァルガスは青ざめて首を横に振った。


『い、いえ! 此度のように太陽の下を歩けるだけで、感謝の極みでございます!』


どうやら、すっかり調教……いえ、更正されたようだ。

彼の持つ知識は有益だ。

逃がさず、飼い殺しにして有効活用させてもらおう。


その時。

砂浜の向こうから、護衛の兵士を引き連れた一団が歩いてきた。

中心にいるのは、見覚えのある初老の男性。

異国の鮮やかな花柄をあしらった開襟シャツを着た、国王陛下その人だった。


『陛下!?』


ジェラルド様が慌てて立ち上がり、膝をつこうとする。

陛下はそれを手で制した。


『よいよい。余も忍びでの静養中だ。……しかし』


陛下は、砂浜に鎮座する巨大な要塞屋敷を見上げ、あんぐりと口を開けた。


『報告には聞いていたが……まさか、屋敷ごと飛んでくるとはな。ヴォルフィード家の「別荘」にしては、少々大きすぎはしないか?』


『申し訳ございません。……転移の座標計算に、若干の誤差がありまして』


日傘の下から、私(義体)が平然と答える。

陛下は「誤差で済む話か」と笑い出した。


『まあ良い。おかげで退屈な静養に花が咲いた。……ミランダよ。そなたの屋敷は、もはや「領地」に縛られぬ存在となったようだな』


陛下は鋭い眼光で、私を見据えた。


『移動要塞ヴォルフィード。……有事の際は、その機動力、国のために役立ててもらうぞ?』


『……善処いたします』


私は曖昧に微笑んだ。

まあ、屋敷ごと移動できるなら、面倒な王都出勤も「自宅から」できるということだ。

悪くない条件かもしれない。


『うむ。では、余も混ぜてもらおうか。……おい、肉を持ってこい! 浜焼きの宴だ!』


陛下が護衛に命じる。

まさかの王族乱入。

静かな静養は、賑やかな宴へと変わっていった。



その日の夕暮れ。

宴が終わり、陛下がお帰りになった後。

私は義体の接続を切り、管理室から出てきた。


屋敷の屋上。

風の浄化陣が回るその場所で、私は本物の夕日を見上げた。

水平線に沈む太陽が、海を黄金色に染めている。

地底の閉塞感とは違う、どこまでも広がる世界。


「……綺麗」


思わず呟くと、隣にジェラルド様が並んだ。


「ああ。……生きて帰れたな」


彼は私の肩を抱き寄せた。


「次はどこへ行く? 北へ戻るか? それとも、しばらくここにいるか?」


「そうですわね……」


私は海風に髪をなびかせ、考えた。

この屋敷はもう、ただの石造りの家ではない。

次元を超え、空を飛び、海を越える「箱舟」だ。

私の魔力と、この制御権がある限り、世界のどこへだって行ける。


「しばらくは、ここでのんびりしましょう。……冬の寒さには飽きましたもの」


私は彼の胸に頭を預けた。


「それに、どこにいても関係ありませんわ」


「ん?」


「雪山でも、地底でも、南の島でも。……この屋敷があって、貴方がいれば。そこが私の『世界』ですから」


私が言うと、ジェラルド様は優しく微笑み、額に口付けを落としてくれた。


「違いない。……俺も、君がいる場所が帰る場所だ」


二人の影が、夕暮れの甲板……いいえ、屋上に長く伸びる。


世界は広い。

まだまだ私の知らない景色や、脅威が待っているだろう。

けれど、怖くはない。

私には、最強の要塞と、最愛の家族がいる。


私はきびすを返した。


「さあ、戻りましょう旦那様。……夜風が冷えてきましたわ」


「ああ。……今夜の夕食はなんだろうな」


「リリア様が釣った魚の香草焼きだそうですわよ」


重厚な扉が閉まる。

世界と私を隔てる、愛しき境界線。


「施錠、完了」


私は小さく呟き、鍵をかけた。

冒険は終わった。

そしてまた、幸せな引きこもり生活が始まるのだ。

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