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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第8話 深淵の主、来襲

『グオオオオオオオオッ!!』


世界が震えた。

地底湖から鎌首をもたげた巨竜が、その喉奥に灼熱の光を溜め込んでいる。

次の瞬間、極太の熱線ブレスが吐き出された。


ドゴォォォォォォン!!


「きゃっ!?」


私は制御卓にしがみついた。

かつてない衝撃。

棚から本が崩れ落ち、映写水晶が激しく明滅して悲鳴を上げている。


『警告。外殻防御結界、損傷。……修復が追いつきません』


無機質な声が告げる。

あのお義母様の戦鎚ですら傷一つ付かなかった絶対防御の結界に、蜘蛛の巣のような亀裂が走っていた。

あれが「深淵の主」。

生物の枠を超えた、災害そのものだ。


「……悠長に構えている暇はありませんわね」


私は術式盤を睨みつけた。

第五階層の反応を見る。

そこには、まだ微かにヴァルガスの魔力が残っていた。

窒息して気絶してはいるが、彼の「支配の印」が完全に消えていないのだ。


「退きなさい。そこは私の席です」


私は自身の魔力を叩きつけた。

もはや、遠慮も手加減もいらない。

圧倒的な魔力奔流で、弱ったヴァルガスの支配を洗い流す。


パリン。

頭の中で、何かが砕ける音がした。

術式盤の赤い光が一掃され、清浄な青色へと塗り替わる。


『――管理者権限、復旧。おかえりなさいませ、ミランダ様』


「ええ、ただいま。……さあ、仕事よ!」


私は第五階層の封印を解き放った。

屋敷が、地響きのような重低音を奏でて変貌していく。

優雅な石造りの外壁が滑るように展開し、その下から現れたのは、古代文字が刻まれた巨大な魔導砲門。

屋根が割れ、天を仰ぐように主砲塔がせり出す。


これが、この船の真の姿。

「ヴォルフィード要塞」の牙だ。


「ジェラルド様! 聞こえますか!」


私は伝声石に向かって叫んだ。


『ああ! 無事か、ミランダ!』


「私は平気です。ですが、外のあれを止めるには、私の手だけでは足りません!」


私は主砲の制御術式を展開した。

複雑すぎる。

魔力の充填、砲身の冷却、軌道の計算。

これらを一人で行いながら、暴れる巨竜に照準を合わせるなど不可能だ。


「私が魔力を送ります。貴方は『目』になってください!」


『目?』


「屋敷の砲撃管制を、貴方の感覚に同調させます。貴方が見た場所、貴方が狙った場所に、私が全力で魔力を撃ち込みます!」


『……なるほど。俺が引き金を引くわけか』


ジェラルド様の声に、迷いはなかった。

弓の名手であり、戦場を知り尽くした彼なら、外さない。


感覚同調シンクロ、開始します!」


フッ、と意識が拡張される感覚。

私の視界に、ジェラルド様の視ている光景が重なる。

屋敷の屋根の上。

彼は暴風の中に立ち、魔導弓を構えるように、両手を巨竜に向けていた。


『見えたぞ。……凄まじい魔力だ』


ジェラルド様が呟く。

彼の視線の先で、地底竜が再び喉を赤く光らせていた。

第二射が来る。

結界はもう持たない。

やられる前に、やるしかない。


「魔力炉、全開! 備蓄魔石をすべて変換!」


私はレバーを限界まで押し込んだ。

先日、ジェラルド様たちが命がけで採掘してきた高純度魔石。

その全てを惜しみなく投入する。


キュイィィィィン……!


屋敷全体が唸りを上げる。

大気が震え、第五階層から吸い上げられた莫大な魔力が、主砲塔の一点に収束していく。

まばゆい光が、地底の闇を昼間のように照らし出した。


『グルルッ!?』


地底竜が、光の強さに怯んだように目を細めた。

その隙を、氷の将軍は見逃さない。


『――捕捉した』


ジェラルド様の声が、冷徹に響く。

彼の視界の中心に、竜の眉間が捉えられている。


「いけぇぇぇぇっ!!」


私は叫び、最後の起動紋を叩いた。


『ヴォルフィードのいかずち……穿てぇぇぇぇッ!!』


ジェラルド様の号令と共に、屋敷が轟音を奏でた。


ズドォォォォォォォォン!!


主砲から放たれたのは、弾丸ではない。

純粋な魔力の奔流。

青白い極光の柱が、空間をねじ切りながら直進する。


地底竜がブレスを吐こうとした、その瞬間。

光の柱が、竜の開いた口から体内へと突き刺さった。


音すら置き去りにする一撃。


カッ!!


視界が真っ白に染まる。

数秒の静寂の後、遅れてやってきた爆風が、地底湖の水を巻き上げた。


蒸発。

まさに、その言葉通りだった。

光が収まった後、そこに巨竜の姿はなかった。

ただ、湖の水面が大きく抉れ、もうもうと湯気を上げているだけ。

岩山のような巨体は、ちりひとつ残さず消滅していた。


「…………」


私は呆然と、術式盤の表示を見つめた。

敵性反応、消滅。

完全なる勝利。


「やりすぎましたわ……」


これが古代文明の兵器。

国一つを焦土に変える力。

こんなものを個人の屋敷に隠し持っていたなんて、バレたら即刻取り潰しだ。

まあ、今は異界にいるから誰にも見られていないけれど。


『……ミランダ』


伝声石から、ジェラルド様の疲労した声が聞こえた。


『終わったな』


「ええ。……お見事でした、旦那様」


私は体の力を抜いて、椅子に沈み込んだ。

魔力を使い果たし、指一本動かせない。

でも、心地よい疲労感だった。


守りきった。

私の家を。

私の家族を。


「……さて」


私は重い瞼をこすり、最後の仕事を思い出した。

第五階層には、まだ「彼」がいるはずだ。


「回収班を向かわせてください、ジェラルド様。……窒息した鼠が、一匹転がっていますわ」


この騒動の元凶。

ヴァルガス。

彼にはたっぷりと、この屋敷の修繕費を払ってもらわなければならない。

帝国の機密情報という通貨で。


私は薄く笑い、静かになった管理室で目を閉じた。

まずは少しだけ、眠らせてもらおう。

大家の仕事は、激務なのだから。

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