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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第7話 支配権の奪い合い

バンッ!


私は魔導管理室の鉄扉を閉め、かんぬきを下ろした。

息つく暇もなく、制御卓の椅子に滑り込む。


「……間に合いましたわね」


術式盤コンソールを見る。

盤面の大半――特に外壁や動力炉を示す部分は、不吉な赤色(ヴァルガスの支配下)に染まっている。

けれど、屋敷の内側、居住区画を示す光は、まだ青色(私の支配下)を保っていた。


『無駄な足掻きを』


伝声石から、ヴァルガスの嘲笑が響く。

彼は第五階層の玉座で、勝利の美酒に酔っているのだろう。


『兵器と動力を握った私が、この船の新たな王です。貴女に残されたのは、ただの「空調と照明」の操作権だけ。……それで何ができるのです?』


「あら。生活こそが最も重要ですわよ?」


私は強がって見せた。

同時に、指先で複雑なルーン文字を描き始める。


フッ。

管理室の明かりが消えた。

いや、屋敷中の照明が落ちたのだ。

ヴァルガスが電力供給を断ったのだ。


「暗いのはお嫌い?」


私は即座に予備回路を接続した。

パッ、と非常用の燐光が灯る。


ガシャン!

今度は、廊下の防火扉が一斉に閉鎖された。

ジェラルド様たちを分断する気だ。


「通行止めは困りますわ」


私は解錠の術式を叩き込む。

ギギギ……と音を立てて、扉が再び開く。


『ほう。……しぶとい』


ヴァルガスの声に、苛立ちが混じり始めた。

ここからは速度勝負だ。

彼が「閉じる」と念じれば、私が「開く」と書き換える。

彼が「熱く」すれば、私が「冷やす」。


目に見えない魔力の奔流が、屋敷の壁の中を駆け巡る。

それは、陣取り合戦だ。

私の神経と、彼の呪いが、屋敷という巨人の血管の中でせめぎ合っている。


『ミランダ! 大丈夫か!』


ジェラルド様の声が飛び込んでくる。

彼は今、一階で暴走した警備ゴーレムたちを相手に、孤軍奮闘しているはずだ。


「平気です! 貴方はそこで食い止めてください! 私が元栓を閉めます!」


そう。

このまま泥仕合を続けても、ジリ貧なのは私の方だ。

彼には「動力炉」という無限の魔力源がある。

対して、私の管理室は予備電源で動いている。

持久戦になれば負ける。


だから、一撃で決める。


「……リリア様。準備はいいですか?」


私は隠し回線を開いた。

この屋敷には、歴代当主すら知らない「裏口」がある。

曾祖父様が愛人のために作った隠し部屋。

そこに繋がる回線だけは、メインの中枢を経由せずに、屋敷の深層へアクセスできるのだ。


『はい、義姉様!』


少女の凛とした声が返ってきた。

彼女は今、隠し避難所の中で、私と同じような制御盤に向かっているはずだ。


『いつでもいけます!』


「合図と同時に、第五階層の『環境維持結界』に魔力干渉を流し込んで。一瞬でいいわ」


『了解です!』


私は深呼吸をした。

タイミングは一度きり。

ヴァルガスが攻撃に集中した、その瞬間を狙う。


『飽きましたね。……そろそろ、終わらせましょう』


ヴァルガスの声が低くなった。

術式盤の数値が跳ね上がる。

彼は動力炉の魔力を最大出力で解放し、私の管理室の防御結界を、物理的に焼き切ろうとしているのだ。


『消えなさい、旧き管理者よ!』


ドォォォン!!


衝撃が走る。

天井から砂が落ちてくる。

結界に亀裂が入る音がする。


今だ。


「リリア様、今ッ!」


『――強制介入、開始!』


リリア様が魔力を流し込んだ。

それは攻撃魔法ではない。

ただの「雑音」だ。

膨大な無意味な信号を、第五階層の制御盤に送りつける。


『な、なんだ!? 術式が遅延して……!』


ヴァルガスの狼狽ろうばいする声。

彼の意識が、手元の制御盤の不具合に向けられた。

防御が手薄になる。


その隙を、私は見逃さない。


「盤上の詰み(チェックメイト)……いいえ、王手ですわ!」


私は残った全魔力を指先に込め、一つの術式を完成させた。

対象は、第五階層の「空調管理」。


「第五階層、環境設定変更。……『強制排気』」


私はレバーを叩き下ろした。


ゴオオオオォォォッ!!


地下最深部で、暴風が吹き荒れる音がした。

第五階層を包んでいた空気循環が逆転し、強力な送風機が、部屋の中の空気を一瞬にして外へ吸い出したのだ。


『がっ……!?』


伝声石から、空気が漏れるような音が聞こえた。

窒息。

魔導師といえど、呼吸ができなければ詠唱はできない。

脳に酸素がいかなければ、思考して術式を組むこともできない。


『あ……が、ぁ……』


苦悶の声。

術式盤の赤い光が、急速に明滅を弱めていく。

彼の支配が揺らいでいる。


「勝負ありですわ、ヴァルガス」


私は冷徹に告げた。


「貴方は兵器を奪ったつもりでしょうが、ここは私の『家』です。……家の空気を誰が吸うかは、家主である私が決めます」


映写水晶の中で、ヴァルガスが喉を掻きむしりながら膝をつくのが見えた。

このまま意識を失えば、私の勝ちだ。

後はジェラルド様に向かってもらい、拘束すればいい。


そう思った、その時だった。


ヴァルガスが、充血した目でこちらを睨みつけた。

その顔には、敗北の絶望ではなく、狂気じみた決意が張り付いていた。


『……ならば……道連れだ……!』


彼は懐から、小さな硝子瓶を取り出した。

中には、毒々しい紫色の煙が渦巻いている。


『貴様らが……大事にしている……この城ごと……食らわせてやる……!』


彼は震える手で、瓶を床に叩きつけた。


パリンッ!


硝子が砕け散る。

瓶から溢れ出した紫色の煙は、私が発動させた「強制排気」の風に乗り、換気口へと吸い込まれていった。


「な、何をしたの!?」


嫌な予感がした。

あの煙は、ただの毒ではない。

もっと根源的な、生物の本能を刺激する「誘引の香」だ。

それが今、換気口を通じて、屋敷の外――地底湖全体へと撒き散らされたのだ。


ズズズズズズ……。


地響き。

屋敷の揺れではない。

もっと巨大な、大地そのものが震えるような振動。


私は慌てて外部監視の水晶を見た。

地底湖の水面が、大きく盛り上がっていた。

そして、その下から現れたのは。


『――グルルルルルォォォォォォォッ!!』


鼓膜を破らんばかりの咆哮。

岩山のような背びれ。

城壁よりも太い首。

そして、すべてを焼き尽くす灼熱の瞳。


「嘘でしょう……」


私は絶句した。

深淵の主。

古代文献に記された、災害級の超巨大魔獣、「地底竜アース・ドラゴン」。


ヴァルガスは、排気風を利用して、自分もろともこの屋敷を魔獣の餌にするつもりだ。


『ハ……ハハ……!』


酸欠で意識を失いかけながら、ヴァルガスが音のない声で笑う。


私の「引きこもり生活」最大の危機。

大家として、これ以上の狼藉は許されない。


「ジェラルド様! 警備ゴーレムは無視してください!」


私は叫んだ。


「外です! とんでもない『大食らい』が来ましたわ!」


もはや、空気の奪い合いなどしている場合ではない。

屋敷の全機能を解放し、あの怪物を撃退しなければ、私たちは骨も残らない。


私は制御卓の「安全装置」を解除した。

禁断の兵器使用許可。

これを使えば、屋敷は本当に「要塞」になってしまうけれど。

背に腹は代えられない。


「総員、衝撃に備えよ! ……ヴォルフィード要塞、全砲門起動!」

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